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知っていた男 4

広瀬は、時々スマホをみている。誰かからのメールがくるのを待っているのだろうか。 宮田はふと、彼女からのメールを待っているのではないか、と思いついた。広瀬は誰にもわざわざ言わないが実は彼女がいて、その子と連絡をとりあっているのかもしれない。彼女とまではいかなくても、前はセフレの話をしていたので、そういう女がまたできたとしてもそれはそれでありそうだ。 広瀬は、自分の最寄り駅でおりた。 宮田は、もうこれでいいはずで自分が住む寮に帰ることもできたのだが、なんとなく、一緒に降りてしまった。帰り道になにかがあるわけではないが、ここまできたのだし、最後まで見届けようと思ったのだ。どうせ帰っても暇である。それに、広瀬がどんなところに住んでいるのかも興味があった。 広瀬は足早に自宅にむかっていた。急いでいる様子だ。住宅街で急いでいる人間に気づかれずに尾行はしにくいが、つかずはなれずで、追いかける。 広瀬は、自分が尾行されているなどとは全く思っていないのだろう。気づいた様子はない。ほかの事に、たとえばメールでやりとりしている彼女に、気をとられているのかもしれない。 小さい古いアパートの下で、広瀬は立ち止まった。宮田は、広瀬に気づかれないように、向かい側の駐車場の車の陰に隠れる。広瀬は、急いだためか、やや息を切らしている。それをなぜか外階段の下で整えていた。そして、ゆっくりと階段をあがっていく。 階段をあがって2つ目のドアが自分の家なのだろう。広瀬は、ポケットから鍵をだしてあけようとした。そうしたら、中からドアが開いた。 宮田は、目を疑った。東城がいたのだ。 灯りを背にしているので表情は暗くてみえなかったが、よく見知った姿形の大柄な彼を見間違うはずはなかった。東城は、ドアから少しだけ外に出、広瀬の身体に手をまわし、抱きしめるようにして、中に連れ込んだ。 ドアはしまった。 一瞬だったので、幻覚かも、とさえ思える。 だが、あれは、確かに東城だった。広瀬は、東城がいたことに驚いてもいなかった。何の抵抗もせず、抱きしめられて、自分の家に入っていた。 宮田は、しばらく脱力して動くことができなかった。アパートの窓からもれる灯りは広瀬が部屋の前につくまえからついていた。東城が入って待っていたのだろう。外からでは、中の人影は見えない。だが、確実に2人は中にいるのだ。 そういうことだったのか、と宮田は思った。 東城が今日いそいそと帰った理由が、広瀬が、足早に自分の家に向かった理由が、こんなところにあったとは。 ふと、アパートの階段を登る前の広瀬の顔が浮かぶ。いつもの無表情ではなかった。今から想うと、平静を保とうとするのにどうしても喜びを抑えられない、そんな顔だった。

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