22 / 40
知っていた男 6
宮田が、東城と広瀬の関係に気づいて、広瀬から相談を受けたわけでもないにも関わらずどうしようかと勝手にもんもんと思っていたある日、東城がスーツから私服に着替えて帰り支度をしていた。身体のラインがきれいにでるTシャツに高価そうな落ち着いた色のジャケットをはおり、カジュアルな革靴という服装である。髪にもくしをいれて整えている。
「デートですか?」と後輩の君塚がきいている。「久々、東城さんがやる気出してますね」
「俺はいつでもやる気だよ」と東城は笑いながらこたえる。「それに、今日はデートじゃない。知り合いの会合によばれたんだ」
「何の会合ですか?」
「ああ。ある種の食事会。魚を食べようっていう会らしい」
「で、なんで魚くうだけで、着替えてるんですか?」
「まあ、魚も大事だけど、女の子たちもくるらしいからな」
宮田はまじまじと東城をみつめてしまった。彼は平然と合コンの話をしている。
なんてことだ、と思った。思ったとおりの展開になっているじゃないか。もう飽きて広瀬以外の誰かを探しているのだろうか。
いや、この前たまたま広瀬と一緒に東城のマンションに泊まった夜、広瀬は、東城の寝室に行っていた。宮田が眠って気づかないと思ったのだろう。それとも、いつもどおり何も考えていなかったのだろう。あの時は大胆な奴だなあと思ったのだ。広瀬は東城の寝室から早朝になってもでてこなかった。
朝、二人に顔をあわせるのがためらわれて、宮田はできるだけ静かに身支度をして、先に帰ったのだ。
あの時点までは二人は付き合っていたのだと思うが、今日、合コンに行くというのはなんだろう。もしかして、東城はとっくに飽き始めていたというのだろうか。
君塚がうらやましがっている声がする。「ああ、合コンですね。いいなあ。合コン。俺も行きたいなあ。それで、わざわざ着替えたんですね」
「礼儀として服装くらいはちゃんとしないと」そういいながら、東城は、お先、といってでていった。
すれ違うようにして広瀬が事務所にはいってきた。東城は広瀬に声もかけず、でていった。
広瀬は無表情で自分の席に座り作業をはじめた。東城が合コンにいくという今の話はきいていたのだろうか、どうなのだろうか。
宮田はまたもや誰に頼まれたわけでもないのにハラハラしてしまった。
この前のアパートの前での彼の幸福そうな表情を宮田は思い出した。だから、東城さんはだめなんだ。と、宮田は思う。あの人からしたら、何でも遊びなんだから。
だが、ずいぶん前に、広瀬に、東城さんは3ヶ月もすると飽きてしまうんだ、という話をとくとくと自慢げに話した自分に後悔した。あんなことを言わなければよかった。広瀬には、そんなことはない、といってやりたくなった。お前にだけは違うんだから、大丈夫だから、と。
もっとも、広瀬は無表情で、今まで通り熱心に仕事をしており、宮田に悩みを打ち明けたりしているわけではなかったのだが。
広瀬は、かなり夜遅くまで仕事をしていた。宮田はさきにあがっていたが、途中で待っていて、また、彼の後をつけた。こういうのが高じてストーカーになるんだよな、と自分でも思っていた。別に広瀬に特別な感情をいだいているというのではないが、彼のことが心配になったのだ。どこかにふっと行って、そのまま戻らなくなりそうな気がしてならなかったからだ。
広瀬は、普通の足取りで自分のアパートにもどった。今度は部屋には灯りはついていなかった。彼が部屋に入った後、灯りがついた。時計を見ると12時をすぎていた。そろそろ終電がなくなるなあ、と宮田は思った。
だが、もう、帰ろうと思ったときに、むこうの方からタクシーがやってきて、アパートの前でとまった。東城が、さきほどの私服姿ででてくる。彼は、カンカンと大きな音をたてながら外階段をあがった。広瀬のアパートのドアをあけてはいっていく。
合コンのあとで、やってくるなんて、宮田にはおどろきだった。なんで、そんなことを。
広瀬の家はしばらく灯りがついていたが、しばらくしたらふっと消えた。誰もでてくる気配もなく、彼の部屋に動きはなくなった。
急に徒労感が襲ってきた。大通りにでてタクシーを探すことにした。
ともだちにシェアしよう!