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知っていた男 7

東城が仕事を終えて帰り支度をしていた。他に人がいないことを確認し、宮田は東城に話がある、と声をかけた。 東城は宮田をじっとみてきた。なにを考えているのかわかりにくい表情だった。いつもはわかりやすいのに、時々東城はこういう顔をする。「ああ、宮田。俺も話があるんだ」と彼は言った。 東城と二人で、隣町の個室のある中華にむかった。個室といっても、そう高い店ではない。適当にメニューを頼み、ビールが運ばれてくる。 「で、話ってなんだ?」と料理を口に運びながら東城は言った。 「東城さんからどうぞ」と宮田は言った。先に用件を聞いておきたかったのと、真正面に座っていると、東城からの威圧感が半端なかったため、話すのをやっぱりやめようかな、と思ったせいだ。 「いや、お前が言い出したんだから、お前からどうぞ」と東城は言う。さらに「いいたいことあるんなら早めに言ったほうがいい。時間がたつほど言いにくくなるからな」とまで言ってきた。 そうまで言われて宮田は心をきめた。「遊びで広瀬と付き合うのはやめてほしいんです」と切り込んだ。 東城の箸をもつ手がとまる。だが、それは一瞬だった。 「なんだよそれ」と東城は答えた。宮田と目をあわせないように下をむき大皿に乗ったチンジャオロースをどさどさと手元の小皿にとり、口に入れている。 「東城さんが広瀬で遊ぶのなら、俺は、必ず、やめさせます」宮田は声を押し殺した。話し始めると自分が怒っていることがわかった。怒りが声ににじんでしまう。「俺は東城さんと親しいつもりだから、忠告してるんですけど、他の男だったら、こんな話はしないで、やめさせてますよ」 「なんだよそれ」ともう一回東城は言った。返事の言葉を探しあぐねているようだった。 「俺は、東城さんが何人もの女の子泣かしてきたのしってるんですよ。東城さんにとっては遊びでも相手の女の子は真剣っていうのがどれだけあったか。でも、まあ、遊び人の東城さんとずるずる付き合っても女の子も不幸になるだけだから黙ってましたけど。でも、広瀬は別だ。東城さんが女の子たちと同じように広瀬を扱うのはだめです。あいつは、東城さん、知らないかもしれないけど、普通の感性をもっているんです。無愛想でコミュニケーションが苦手だから誤解されやすいけど、他の人間と気持ちは同じです。東城さんがどうやってあいつを篭絡したのかはしりませんけど。あいつは、すっかりあんたになついちゃってるんでしょう。それに乗じてあいつをもてあそぶなんて」 「いや、その言い方はないだろう」流石に東城はさえぎってきた。「もてあそぶって、人聞きが悪いな。俺は誰のことももてあそんだことはないぞ」 「だって、そうでしょう。東城さん、前は広瀬のことは気に食わなかったみたいじゃないですか。なのに、広瀬のほうが気を許してきたから、面白がってるんでしょう。この前、合コン行った帰りに、広瀬の家に寄ってたでしょう。俺は知ってるんですよ。女の子と遊んだ後に、広瀬の家にいって何にも知らないあいつを抱くなんて、もてあそんでる以外なにが」 東城は箸をおいて両手で落ち着けと宮田を抑えるしぐさをした。 「広瀬とは遊びのつもりは全くない」と東城は静かに言った。「遊びで男の同僚と付き合うほど、俺は肝はすわってないよ」 「じゃあ、なんで合コンになんて」と宮田は言った。 「この前、合コン行ったのは、友人に頼まれたからだ。どうしてもっていわれてな。それに、あの時合コンに行ったのは広瀬も知ってる」 「広瀬が知っているのに、合コン行ったんですか」宮田はさらに憤慨していた。 「ああ、そうだよ。頼まれたんだ。俺だってまずいかなと思ったから広瀬にはあらかじめ言っておいたんだ。いろんな今までの事情があって断れなかったんだよ」 「さんざん遊んできたつけですね。とにかく、広瀬を泣かすようなことをしたら、俺がだまってないんで、そのことは忘れないでください」 「お前さあ」と東城の声があきれている。「お前、広瀬のなんなの?お父さん?」 「そう思っといてください」 「そうなのか?やりにくいなあ」と東城は言った。 「東城さんにはそれくらいが丁度いいでしょう」 東城は苦笑いをしてビールを飲んでいる。その風情はいつもの余裕がある様だ。宮田は東城をとめる効果的な言葉を投げる機会が失われたのを知った。でも、今のところは東城が広瀬を傷つける気はさらさらないのだろうとも思った。 二人はしばらく黙って食事をしていた。宮田は言うべきことを言ってしまって気が抜けてしまった。目の前にある料理をかきこみ、ビールを飲んだ。こんなふうに人をいさめるなんて慣れない事をするから緊張するのだ。 そうしていると、ふと東城が顔を上げた。「さっきの話だけど、なんで俺が合コンの後広瀬んちに行ったの知ってるんだ?」 「それは、行ったからです」 「どこに?」 「広瀬のアパートに。気になったんで帰り道ついていったんですよ」 東城は、まじまじと宮田をみてくる。だが、特に論評はしなかった。内心はいろいろ考えていたのだろうが。 「ところで、東城さんの話ってなんですか?」宮田は思い出して聞いた。 「え?ああ」と東城はうなずく。「お前にあんまりひどいこと言われて驚いて忘れてたよ。それに、もう解決したようなものだからいいよ」 「なんですか?」と宮田が重ねて聞いた。気になるではないか。 「お前、結構噂話好きだけど、この前のおれんちに泊まったときの広瀬のことを触れ回るなって言おうと思ってたんだ。だけど、『お父さん』がそんなことするわけないよな」 宮田はうなずいた。 東城は料理の残りを食べ始めた。そこで話は終わりだった。後は、いつもどおり、仕事の話や最近見たテレビの話などをしていた。

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