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知っていた男 9

数週間後、宮田は広瀬をひっぱって、大井戸署の近くの飲み屋に入っていた。 その日、宮田はうまくいかないことが多くてむしゃくしゃしていたのだが、こんな時に飲みにいく東城も君塚も、他の親しい同僚たちもいなかったのだ。広瀬は迷惑そうだったが、しつこく誘ったら仕方なさそうについてきてくれた。本当に仕方なさそうにだったけど。 仕事の愚痴を無口な広瀬に言っていると、近くに知り合いがいることに気づいた。 別な部署の数人が同じ飲み屋にきていたのだ。その中の1人のことを宮田は嫌いだった。いや、かなり大勢から嫌われている男だ。名前は秋本と言う。 変に目立つ広瀬は前から秋本に目をつけられていて、からまれることが多かった。 「広瀬くんと宮田くんじゃないか」といってその男秋本が席まできた。口調は秋本が既に酔っていることを示している。 先輩なので、あいさつせざるを得ない。うさばらしに来たのについてないなあ、と思った。 「何の話?」 「いえ、別に」と宮田は答えた。 広瀬は、あいさつはもちろんのこと、相手をみようともしない。こういうところがもめごとを生むんだよな、と宮田は思う。本人に自覚があるかどうかは別にして、酔ってからんでくる男以上に広瀬の態度も感じが悪い。 「広瀬、何飲んでるんだよ」と秋本が広瀬に話しかける。 広瀬の細い形のいい指が、机の上にペタっと貼り付けてあるメニューの水割りを指で示した。 「うまいのそれ?」 「さあ」と広瀬は答えた。 「じゃあ、俺もそれもらおう」秋本は広瀬の隣に座った。 後ろから秋本の同僚が「おい、よせよ」と言っているが、彼らは強く止めなかった。秋本は同僚の声に知らん顔だ。 彼は、濃い目にといって水割りを3杯頼んだ。広瀬と宮田、自分にわける。 当然のように、飲むことを強要された。広瀬は黙って、自分のペースで飲んでいる。宮田もそうしたいところだが、秋本がからんでくるし、挑発的なことも言われたような気がする。 多分、4、5杯は秋本のペースで飲んだと思う。おそらく、その日は、飲むスタートの時点でストレスが溜まっていたのもよくなかったのだろう。悪酔いした、と宮田は頭の隅で思った。早く帰ろう。 だが、そんなときに、ほとんど聞いていなかった秋本が話す言葉が鮮明に聞こえた。 「そういえば、東城って異動になるらしいな。本庁に戻るんだって?」 宮田は耳を疑った。自分の驚きの顔に気づいたのだろう、秋本が笑った。 「早耳の宮田が知らなかったのか。今日、辞令がでたらしいぞ」 宮田は広瀬の顔を見た。彼は平然としている。知っていたのか、いつもの無表情なのかはわからなかった。 「いいよな、東城は。どうせ影響力のある親のおかげだろ。上に逆らったのにあっさり本庁に戻るんだもんな。結局は、世の中コネだよなあ、宮田」と秋本は宮田に言ってくる。「俺たちみたいなコネなし、金なしには想像もできない世界があるみたいだぜ」 そして、広瀬にも言う。「広瀬もいずれは本庁にいくんだろ。サッチョウのお偉いさんの中でお前にご執心な人がいるらしいじゃないか。お前があそこをしゃぶらせてやってるから、どんなに問題起こしてもクビにならないし、本庁でもどこでも望みのままらしいな」秋本は広瀬に顔を近づけ、右手を広瀬の足にのばしてきたのが宮田にも見えた。「その股の間にあるモノを俺にもおがませろよ」 広瀬がその秋本の動作に反応したのは宮田にもわかった。秋本の手を乱暴にはたき返そうとする広瀬を止めることも忘れて、宮田は秋本の頭に水割りをかけていた。「秋本さん。そんな下衆なことばっかりいってるから、女に二股かけられて逃げられるんですよ」と宮田は秋本に言った。他にも続けて秋本を馬鹿にするようなことを言ったような気がする。 そして、その後のことは覚えていない。後から聞いた話では、秋本に殴られたのだということだった。秋本は同僚に止められ、宮田は意識を失って倒れた。殴られたためと言うよりも、飲みすぎたせいだった。

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