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知っていた男 10

気がついたら見知らぬ部屋だった。天井がぐるぐる回っていて気分が悪かった。 「あ、起きた」と離れたところからよく知っている声がした。「広瀬、起きたぞ」と声は続けて言う。 宮田は起き上がった。 ぽろっと濡れタオルが顔から落ちる。頭が痛み、吐き気がする。悪い病気じゃないかと思うが、そうではないのは自分でもわかる。飲みすぎたのだ。こんなに飲みすぎるのも久しぶりだ。それに飲みすぎが原因でない痛みが左耳の横から頬にかけてある。濡れタオルは殴られた顔を冷やしていたようだ。宮田は自分の足からそれを拾い上げて、再びあてた。 広瀬が、目の前に現れた。水が入ったコップを渡される。ついでに、得体の知れない黒い錠剤も。 「これは?」と聞いた。 「熊の胆もどき」と広瀬は答えた。「飲みすぎに効く」 言われるままに宮田は錠剤を飲んだ。正直、気分が悪いのでそれさえも吐きそうだ。 「ここは?」 宮田はあたりを見渡す。狭いキッチンと入り口が見える。自分は小さめのソファーに横たわっていた。そして、キッチンのテーブルの近くには、東城がマグカップを持って立っている。 「広瀬のアパートだ。お前来たことあるんじゃないのか?」と東城が言った。 「外からしか知りません」と宮田は答えた。「なんで俺、ここに?」 東城が答えてくれる。「お前、秋本に殴られた後、意識が飛んだんだ。俺、今日は忙しくて家に帰る暇もないって言うのに、広瀬から連絡がきて、お前を迎えに車で行って、ここまで運び上げたんだぜ」 確かに東城はスーツのままだった。非難している内容だったが口調は軽い。どちらかというと、わがままなかわいい彼女に呼び出されてほいほいよろこんで駆けつけた男の声だ。 宮田は気分が悪くて、今の東城にふさわしい言葉を返す気にもなれなかった。もう一度横になって目をとじた。広瀬がくれた熊の胆もどきが早く効いてくれればいいんだけど。 広瀬が毛布をもってきてくれた。 「ありがとう」と宮田は広瀬に言った。 「別に、いいけど」と広瀬は珍しく答えてきた。さらに広瀬が宮田に言葉を続けてくる。もしかして初めて聞くくらいの長いフレーズだった。「宮田、あんなこと言わないほうがいいよ。人の一番痛いとこついちゃだめだよ。秋本さんやな奴だけど、あれはないよ。真剣に想ってかなり金つっこんだ女に二股かけられたことがわかって、あの人かなり落ち込んでたんだよ」 宮田は目をあけて広瀬をみた。透明な目が宮田にむいている。いつもの無表情ではなく、怒っているような心配しているような顔だ。 「殴られて当然とはいわないけど、あんなこと言ったらどうなるかもっと考えてから口をきいたほうがいいよ。宮田、時々、考えなしでモノをいうから、いずれはこうなると思ってたけど」 宮田はうなずいた。うなずくだけで頭がぐらぐらして気持ちが悪くなったので、再び目を閉じた。 「宮田も、無鉄砲なお前にだけはそんなこと言われたくないだろうけどな」と東城がキッチンから笑いながら広瀬に話しかけていたのが聞こえた。 その夜のことで覚えているのはそこまでだった。

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