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晴れの夜、雨の夜 1

春になる前、本庁からきた前の部署の同僚に異動の打診を受けていると東城が広瀬に告げた。宮田と一緒に駐車場で見た男のことだった。 東城は、以前本庁にいて、そのときの上司が相当強引な捜査をしていたらしい。個性的な人で敵も多くて、踏んじゃいけないものを踏んで、とうとう左遷になったのだというのが東城の解説だった。 そもそも、本庁のそのチームに入ったとき東城は一番の若手で、基本的な仕事のこともわからないままに急に呼ばれたのだ。毎日何かしらで怒られてたし、部署に必要な専門的な知識もないため明け方まで勉強しなければならないことも多かった。人生で3大勉強したときだったとのことだ。 仕事もやっと慣れてきてこれからというときに、チームが解体したのだ。 それから2年してチームで一番親しかった同僚が大井戸署に現れたのだ。彼は本庁の別な課に異動になっていた。 「まだ正式な辞令じゃない。今なら断ってもいい」と彼は言ったそうだ。「大井戸署で評価高いらしいな。最近も、連続殺人犯逮捕に貢献したって聞いた。こんな時に今更なんだって思うだろうし、言いたいことはいっぱいあるだろう。僕もそうだ。だけど、本庁の特別チームでしかできない仕事もある。時間あまりないけど、考えてみて欲しい。こんな機会はめったにない。僕もあの時よりはうまく組織のことも立ち回れる。今度、何があっても同じようにはさせない。それに、僕は、もう一回チームと、東城と一緒に働きたい」元同僚から示された検討のための期間は短かった。 東城は迷っていた。本庁に戻りたかったのではないのか、と広瀬は不思議に思った。だったら何を迷うことがあるのか。検討するる必要さえもないだろう。 彼は否定しなかった。 「戻りたいけど、戻るっていうのはこういう形じゃなかったんだ。迷う」と東城は言った。 「前のことがあるからなあ。上司は突然左遷になるし、先輩は平気で裏切るし、会ったこともない偉い人たちに1人で呼び出されて何時間も監禁状態で、でっちあげに協力しろって言われるしで、俺の人生の中で3大思い出したくないできごとだ」 この人の人生は3大なになにでいっぱいだな、と広瀬は思った。3大というわりには、他の2つを聞いたことがなかった。いや、聞いたら聞いたで他の長い話をされそうだった。 東城はチームを再結成するのは同じ上司だから帰ってきてもそのうち同じことがおこりそうだ、と言っている。 「それに、俺、今、うまくやってると思うんだ。大井戸署に来たときは、これからどうしようか、つまらないことになったら辞めようって実は思ってたけど、今、仕事面白いから」 そんなふうにためらっていたのだが、2日ほど迷った末、東城は異動を決意したのだ。 異動になる前日、東城は広瀬のアパートで彼を抱いた。広瀬が音を上げた後もやめることはなかった。何もかも奪われ、むさぼられるようだった。 「本庁に行ったら相当忙しくなる。しばらくは会えない」と言っていた。「今までは同じ職場だったから、お前と一緒にいれたけど、別々になったら、接点もなくなるだろう。お前、自分からは連絡してくれないし、今後が不安だ」心配そうだった。 彼の声を聞きながら広瀬はぐったりしていた。途中で意識を飛ばしそうになっても、何度も何度も起こされ、行為を続けられたのだ。 東城は広瀬に自分の怖れと憂慮の全てをぶつけてきていた。広瀬は力なく横たわり、手をのばして彼に触れてその不安を和らげることも、声をかけることもできなかった。

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