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晴れの夜、雨の夜 2
東城の予想通り、異動後、今までにない長い期間彼には会っていなかった。
電話で声を聞いたのも思い出すと半月ほどまえだ。そのときも、一言か二言だけだ。最近の主な連絡というと、メールをやりとりするくらいだ。彼からのメールに広瀬からメールを返すこともあれば返さないこともある。その程度。
東城が猛烈忙しいのは理解しているので、それで十分と思い、あまり気にしてはいなかった。
広瀬自身も、いつも通りの毎日で、仕事が忙しかった。
あるよく晴れた夜のことだった。春が過ぎ外には初夏の風が流れていた。まだ蒸し暑くはない、過ごしやすい日だった。
最近管内で起こった傷害事件にやっとめどが立ち、久しぶりに早めに帰ることができそうだった。
帰り支度をしていると、「広瀬さん」と君塚が声をかけてきた。なぜかいつものうれしそうな笑顔と違って緊張しているように見える。額にうっすら汗をかいている。そう暑くもないだろうに。
「あの、今日、俺の車で帰りませんか?」と言ってくる。「俺、この前車買ったんで、まだ、慣れないんですけど」
断る理由もなく、広瀬はうなずいた。
君塚は駐車場で広瀬を待っていた。車はシルバーのセダンだった。広瀬はドアをあけ、助手席に座る。
車はゆっくりと慎重に発車した。
君塚はいつもの彼らしくもなく言葉すくなだった。ポツリポツリと最近の事件のことを話す程度だ。
途中で、「ちょっと、道草してもいいですか?」と、ハンドルを切りながら聞いてくる。
「いいけど、どこに?」
「せっかく広瀬さんと2人だから」と君塚は言った。ややこわばってはいるが笑顔を見せている。
走らせた先は湾岸だった。ビルの夜景が車の両サイドに美しく広がっている。進むにつれて、飛行機が上空を飛ぶ地帯に入る。空港近くにきていた。
君塚が少ししか話をしないので、広瀬も話さなかった。とまどってはいた。君塚は、何か悩みでもあるのだろうか。もともと誰かから悩みを打ち明けられたり、後輩の面倒をみるタイプではないので、こんなときに、なんと言葉をかけていいのかわからないのだ。無駄に余計なことを言ってしまいそうだ。それなら黙っていたほうがいいと思うのだが、君塚は、自分と親しくなった珍しい後輩なので、悩みがあるのであれば、力になりたいという気持ちは広瀬にもある。
「広瀬さん、休日は、何をしてるんですか?」と突然、君塚が質問してきた。
黙っている自分といると気詰まりなのだろう。どうでもいい話題をふってきたのだと思った。
「休日」広瀬は、つぶやいた。何してるだろうか。東城が異動する前は、時間があえば一緒にすごすことが多かった。でも、前も、今も忙しいときは別々だ。「たいしたことはしてない。買い物したり、掃除したり、くらいだ」
「普段忙しいですからね」君塚が答える。
「そうだな」と広瀬は答えた。「えーっと。君塚は、休日どうしてるんだ?」一応聞いてみる。
君塚は、ちらっと広瀬を見た。そして、また、笑顔をみせた。「すみません」
「え?なにが?」
「広瀬さんが、俺に質問するなんて。気を使わせちゃって」
「気を使ってるわけじゃあないけど」というか、気を使って話をはじめたのは君塚の方だろう。
車は、空港近くの倉庫のようなビルのそばでとまった。飛行機が低くとぶ。君塚は、それをみていた。そして、広瀬の方をむく。
「質問してもいいですか?」
広瀬はうなずく。改まってなにを聞かれるのか、と思った。
夜景も街路灯もほとんどなくなり、暗いため、君塚の表情はよくみえない。声だけがやけにはっきりしている。
「広瀬さん、付き合ってる人っているんですか?」と聞かれた。
広瀬は、すぐには答えなかった。なぜ、そんなことを君塚が聞いてくるのかすぐにはわからなかった。何かを知っていての質問なのか、全くそうでないのか。しかし、なぜ、急に。しかも、こんな思いつめた声をして。
「どうしてそんなことを?」広瀬は聞き返した。
君塚の緊張した声が続く。「前に、今は付き合ってる人いないって言われてたから、その後どうなったんだろうと思ったんです」君塚は言った。「広瀬さん、ずっと仕事忙しそうだから、新しい恋人もいないんじゃないかって、ちょっと期待してみたんです」
「期待?」広瀬は言葉を繰り返す。君塚の言葉の意味がすぐにはわからなかったが、じわじわと理解をしていく。
「広瀬さん、俺にチャンスはないですか?」と君塚が聞く。「突然こんなこと言って驚かれると思いますけど」と続ける。
確かに驚いた。
君塚が自分のことをどうおもっているかなんて、今まで考えたこともなかった。だが、君塚の視線や笑顔、自分に話しかける様子を思い出すと、パズルのピースがあってくるような気がする。
「俺、広瀬さんのことが」と君塚が言葉を続ける。
それ以上話させてはだめだ、と広瀬は思った。急いで手を伸ばし、君塚の口をふさいだ。そして、広瀬は首を横にふった。
「君塚、もう、遅いから帰ろう」と、言った。
君塚は、しばらく黙り、口をふさいだ広瀬の手をとりぎゅっと握ってきた。広瀬は、もういっぽうの手で、君塚の手をはずした。そして、再度、車を出すようにうながした。
君塚はそれ以上はなにもせず車をだした。
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