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晴れの夜、雨の夜 3
君塚は広瀬のアパートの近くの駐車場に車をとめた。広瀬が車をおりると、君塚もおりてきた。広瀬は車の礼をいった。
「送りますよ」と言われた。
「は?」広瀬は驚いて聞き返す「なんで?」
君塚は面白そうに笑った。「そんなびっくりする広瀬さんはじめてみましたよ」
「いや、大の男を送るって、しかも、すぐそこのアパートに」
君塚はアパートを見上げる。「コーヒーかなにか、ご馳走してくれませんか?」と言った。すでに笑顔はなくなっていて、頼むようだった。「すぐに、帰りますから」
どうしよう、と広瀬はためらった。このまま、アパートにいれないほうがいいのではないか。だが、必死な様子の君塚に心がゆれ、広瀬は君塚を自分の部屋に案内した。
コーヒーといわれたので、お湯をわかす。
「インスタントしかないけど」と言ってカップをわたした。
君塚はおとなしく、ソファーに座っていて、受け取ると、ゆっくりと飲んだ。
「今日は、すみません」と君塚は言った。「広瀬さんを困らせる話をしてしまって」
広瀬は答えられなかった。静かな時間が流れる。
そこに、カンカンというアパートの外階段を駆け上がってくる大きな音がした。広瀬は、はっとした。君塚は広瀬につられて顔をあげた。
がちゃっと鍵があけられる音がして、東城が話をしながら入ってきた。「何回かメールしたんだが、どうして返事を」
広瀬のアパートはせまく、玄関から君塚が座っているソファーは見える。
東城は、君塚を見た。「よお」と君塚によそいきの笑顔を見せる。「久しぶりだな」そう言いながら、靴を脱いで入ってきた。
君塚はコーヒーの入ったカップをソファーの前のテーブルにおき、立ち上がって挨拶した。
君塚は広瀬を見て、東城を見た。
時間をかけず全てを理解したようだった。当たり前のように広瀬の家に来た東城。合鍵を持っている。本庁に異動してから2ヶ月たっているのに、メールを広瀬に送ってくる。以前、車の中でじゃれあっていた。喧嘩もしていたけどもともと君塚には関係がよくわからなかった二人。
東城は、手に持っていたコンビニの袋から缶ビールを取り出す。君塚に渡そうとしてふと手をとめた。
「もしかして、向かいの駐車場の新車お前のか?」
「はい。先週の土曜日に納車されたんです」
「奮発したなあ。いい車だ。あれ、大きさの割りに燃費いいんだよな。君塚は、ビールは無理だな」そして、君塚の前におかれたコーヒーをみた。「それで、コーヒーか」
東城は広瀬に聞く。「お前は?」むけられた目は、決して穏やかなものではなかった。
広瀬は、東城からビールを受け取った。「急に来れたんですね」と言った。
東城は答えなかった。
彼は、どかっとソファーに座り、ビールのタブをひく。
プシュッと音がした。東城はネクタイを緩める。一口のむと、君塚に、最近どうだ?とその後の署の様子を聞いた。
東城は表面的にはにこやかに君塚と話をしていた。
しかし、その場のぴりぴりした空気を支配していたのは、アパートの世帯主の広瀬ではなく、明らかに東城だった。彼の動作は普段と変わりなかったが、発している圧迫感は並大抵のものではなかった。
彼は、君塚が今日広瀬にどんなたぐいの話をしたのか察している様子だった。
君塚は、東城の不機嫌を気づかぬふりをし、彼の質問に穏やかに答え、コーヒーを飲み終えると立ち上がり、帰る挨拶をした。
玄関を開けながら、君塚は、振り返った。「広瀬さん」何か言おうとして、東城に視線を向け、言葉を飲み込み、去っていった。
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