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晴れの夜、雨の夜 6

それでもそのあと、一週間くらいは、広瀬は、東城が折れてくるのではないかとどこかで思っていた。 今まで喧嘩はよくしていて、東城が怒ることが多かったが、ほっておくと必ずあやまてきていたのだ。だから、今回もそのパターンになる、と考えていたのだ。 しかし、一週間がすぎ、二週間がすぎても、東城からは何の連絡もなかった。電話も、メールも。なにも、だ。 広瀬は、考えないようにした。仕事は忙しいし、もともと誰かとべたべた過ごすのは苦手なのだ。連絡がなくなったとして、それがなんだというのだろうか。 自分から連絡することは、考えたくなかった。もし連絡して拒否されたら、そのことを想像したくなかった。 彼からの連絡はもうないのだ、と思うことにして、家の中を片付けた。 東城が家に入り込んできてから気がつくと長い時間がたっていて、彼の気配があちこちに残っており、それを見るたびに痛みがくるからだ。 付き合いをはじめてこんなにも時間がたっていたことは不思議な気がした。 最初の頃、数ヶ月で彼が飽きると思っていたので、この関係の終わりはそのようなものだと予想していた。東城が広瀬との遊びに飽きてこなくなる。そんなことを覚悟しながらし切れず、不安に思っていたこともあったのに、実際にはそうはならなかった。そして、こんな予期しない形で終わりが訪れるとは。 歯ブラシや洗顔料など捨ててもよさそうなものはすぐに処分できた。服や小物については判断ができなかった。しかも、思ったより多く、思いもかけないところからもでてくる。 こういったものを勝手に捨てると、何罪になるのだろうか、と広瀬はくだらないと思いながら考えた。この家においていった時点で、所有権は自分に移り、捨ててもかまわなくなるのだろうか。 とりあえず、後からもめるのも困るので、ひとまとめにした。幾重にも厳重に包み、押入れの奥のほうにつっこんだ。こうしておけば、気配がにじみ出てくることはない。 東城のマンションの住所は知っているので、送ることもできたが、気がすすまなかった。 スマホに入っていた彼からの大量のメールも消去した。自分から送ったわずかなメールも。彼の連絡先も。 サブシステムのタブレットから写真や履歴を消そうとしたがそれはできなかった。システムが変わったせいだろう、上書きもできないようになっていた。だが、これは仕事の道具だ。東城は今は関係ない部署にいるのだ。見ないようにすることはできるだろう。 あらゆるモノと記録を消してしまえば、後は頭の中の思い出だけになる。そして、それは必ず消える。どんなに覚えていたいことでも時間がたてばかすんで消え去っていくのだ。ましてや忘れたいことは、記憶からなくなるのも早いはずだ。だから、こうして、見えなくしてしまえば大丈夫だ。 最後に、東城がくれた地図の絵も壁からはずした。 広瀬を示す金色のピンを地図から抜いて、他のピンと一緒に小さい袋に入れ絵の後ろにセロテープでとめた。暖かい色で描かれた地図の絵は殺風景だった広瀬の部屋の雰囲気を変えていた。 広瀬はこの絵が好きだった。気がつくとずっと見てしまっていることも多かった。だが、いまや最も見たくないものとなった。これも包んで押入れに入れた。 壁にはなにもなくなった。部屋には必要最低限のものしかない。 全てが、東城が来る前の広瀬の部屋になった。 これでもう大丈夫。彼は安心した。

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