37 / 40
晴れの夜、雨の夜 10
広瀬は、会費を払うと、席をはずした。みんなが帰るまでどこかで時間をつぶすことにする。
焼酎をかなり飲まされたので、電車で帰るにしても休憩したかった。それに、東城が彼女たちとどこかに行くのを、みたくはなかった。
お店の人に水をもらい、奥で飲んで、少し酔いがさめたので、帰ることにした。大騒ぎしていたみんなは、とっくにカラオケに行ってしまっていた。
広瀬のスマホにメールがきている。誰にアドレスをきいたのかしらないが、佳代ちゃんが、「大丈夫?」とメールしてきていた。
明るくて、社交的で楽しい子だ、と思った。東城に似ている。宴会やコミュニケーションが苦手で、どうしてもなじめない広瀬からしたら、うらやましかった。東城は、よく、宴会に広瀬を誘っていたが、自分はほぼつきあわなかったのを思い出した。
しばらくして酔いも落ち着いたので、帰ることにした。
店の中では全く気づかなかったが、外はどしゃぶりだった。広瀬は、傘をもっていない。このまま走って地下鉄までどれくらいだろう、と頭の中で算段をつけてみる。
「広瀬」声がした。
見ると、東城が出口のところで立っている。まさか、と広瀬は思う。まだ、いたなんて。辺りを見回すが、東城しかいなさそうだ。
「カラオケ、行かなかったんですか?」
「ああ」
東城は傘をみせた。「送る」と言う。
「でも」
「この前は、すまなかった」と東城は言って頭を下げてきた。
広瀬はこたえられない。
「ほんとうに、悪かった。ここで土下座しろって言われたらそうするから、送らせてくれないか」
そういわれて、断ることは広瀬にはできなかった。東城は、広瀬を傘に入れ、歩道に出ると、タクシーをつかまえた。
東城は、タクシーに、広瀬の家付近の道のりを伝えた。
雨が、窓あたっている。雨粒は見えず、ほとんど、水をバシャバシャとかけられているくらいの豪雨になっている。広瀬は、東城の方をみることができず、じっと、窓から外をみた。街並みは雨でほぼみえない。
「あの後、君塚が連絡してきた」と急に東城がポツンと言った。
広瀬は、東城のほうを見る。東城はフロントガラスの向こうをみていた。「あの日のこと、説明したいっていって」
「話したんですか?」
「ああ」
「じゃあ」なんで、と広瀬はいいそうになった。なんで、あの後何も言ってこなかったのだ。
どうして、今日になるまで、詫びのひとつもいれず、知らん顔をしていたのだ。東城をなじる言葉があふれそうになる。
「運転手さん、申し訳ないが、その先を右に、行き先を変更してください」と東城は急に言った。そして、広瀬の家とは方向が異なる、この近くの高級ホテルの名前を告げた。
広瀬は、その勝手にかっとなる。「俺は行きませんよ。家に送るって言ったからきたのに」
東城は、広瀬の方をみない。「わかってる。バーで少し飲んだら、送るから」と早口で言った。
運転手は、バックミラー越しにちらっとこちらをみる。「どうしますか?」と確認してくる。
東城は、再度、ホテルの名前を言った。広瀬は、反論しなかった。東城は好きにするのだ。いつも、強引に。
そして、家に帰るといいきらないことで、広瀬は既に東城を許してしまっているのだ。
ともだちにシェアしよう!