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第30話

 翌朝、まだ日も昇りきっていない時間。三人は人もまばらなリリィエの町を抜けシャムロックへ出発していた。勿忘草色の空の下、澄んだ空気を吸いながら、三人はセイランの先導の元、シャムロックへと歩き出した。  特に朝早く出なければいけない、ということはなかったが、いち早くシャムロックに行きたいというルピナスとミハネの二人にセイランは半ば叩き起こされ、あれよあれよという間に今に至っている。セイランはまだ全快ではないのかボンヤリしている様子だったが、「ギルドの連中に会いたくないでしょ?」とルピナスに囁かれると、素直に頷き朝の出発を了解した。  朝を迎え、目を覚ました鳥たちがあちこちで囀ずるの聞きながら、一行は草原を歩いていた。セイランを先頭にし、その隣をルピナスがつける。その後ろをミハネが追うという形。シャムロックまでの道のりはセイランが昨日のうちに安全な道順を練っておいたらしく、ルピナスとミハネに向けてセイランは歩みを進めながら確認を始めた。  それいわく、多少遠回りにはなるが、なるべく整備された人通りの多い道を選んだ、とのことだった。シャムロックまでの最短距離を辿るとなると、どうしても通らなければいけない森があるのだが、そこはかつての戦争の負の遺産として様々な罠や魔法が仕掛けられたまま残っている上に凶悪な魔物が放置されたままになっている。霧が深い上に、毒沼があるなど、国の自警団も匙を投げる始末。通行は自己責任とされている。強い魔法使いならば強力な魔力の発生源を感知できるため回避も可能だが、それができないのなら死にに行くようなものだ。  当然そこは避けるとして、セイランが選んだ経路はかなり大きく回り道をしていた。リリィエを出てしばらくは今歩いているような開けた草原が続き、一日かけて旅人の宿を目指すことになる。そこから移動用の馬車に乗り、中継地となる町に向かう。そこで一泊して、翌日から大体二日、一度野宿を挟んでようやくシャムロックに到着する。 「あれ? この町からシャムロックに馬車出てなかったっけ?」 「あれは政府の要人とか国の学者とか偉い人しか乗れないんだ。おれらじゃ無理だよ」 「騙せない?」 「手形とか証明書がいるんじゃないかな。というか、国の機関騙すなんて捕まるぞ?」 「ともかく、これから明日の昼の到着を目指して旅人の宿へ向かう。そこから馬車に乗って、二日目の夜には中継地の町に入りそこで宿を取る。そして翌日の三日目はまた徒歩でシャムロックを目指し、上手くいけば四日目の昼には着く、ということですな」  ミハネが地図を眺めながらまとめるのを余所に、ルピナスは不服そうに頬を膨らませた。ルピナスの言うシャムロック直通の馬車は、確かに中継地に選んだ町から出ている。それに乗れば、わざわざ遠回りする必要もなく、三日目の午前にはシャムロックに到着するだろう。正直、通行するために必要なものが無くとも、賄賂として金でも渡せば乗せてもらえることをセイランは知っていた。しかし、それを言う気はなかった。言えば、この白髪の男は間違いなく大金を積むだろうから。  何はともあれ、まずは進まなければいけない。空はどこまでも高く、雲ひとつない。天候を心配する必要はなさそうだ。リリィエへの一般道として扱われているその道はしっかりと整備されているため、しばらくは迷う心配もない。セイランは一旦地図を仕舞い、両手を上へあげ大きく伸びをした。 「セイラン、体平気?」 「ん、へーきだよ。……あ、昨日は、ありがと、な」  ルピナスはミハネに聞こえないように小声でセイランに声をかける。するとセイランは穏やかに笑って、なんともなさそうに体を動かした。それを見る限りでは確かに違和感なく体は動いているようだったし、頭もはっきりしているようだ。ルピナスも安心したような顔で笑うと、「どういたしまして」と言葉を返す。 「……ところで、シャムロックにあるっていう、その、“いぶつ“? ミハネさんはともかく、あんたも興味あるのか?」 「そりゃもう、興味津々だよ。なんでも天魔戦争以前のものらしくてね?」 「そうですそうです! 古文書かそれとも物品なのかまでは分からないのですが、まだこの世界に天使がいた時代のものらしいと専らの噂で!」 「何千年も前の天魔戦争で全滅したと言われている天使。その存在は歴史の闇の中、だけどその闇の中を暴きたくなるのが学者という生き物」 「そんな情報巡ってきたら這ってでも行くのが学者という生き物なのです!」 「…………そ、っか……」  ほんの軽い気持ちで話題を振っただけなのに、一瞬でミハネが割り込んできた。その上で二人とも早口で何か難しい話を始めてしまう。セイランが質問する隙もない。歴史に疎いセイランにとっては「天魔戦争?」「天使?」というレベルなのだが、そんなこと聞いたら恐らく二人で百ずつ説明して来そうなほどの勢いで、聞くのを躊躇ってしまう。  結局セイランは二人の言葉を理解することを早々に諦め、自分は魔物に襲われないか気を配ることに集中することにして、適当に相槌を打ちながらスタスタと足を進める。

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