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第31話

 そうして草原を進み続けて、しばらく経った時。三人は幅数十メートルある川の前で足を止めることになる。普段は穏やかに透き通った山水が流れ、旅人の休憩スポットにもなっているその川は増水し、氾濫していた。当然橋も流されており、周囲では近く町の人間だろう人々がそれを眺めていた。 「何これ、誰か魔法でも失敗したの?」 「こんな量の水、一般人の魔力で出せるわけがないだろう。おおかた魔物の仕業だろうが……、困ったな、昨日までなんともなかったというのに」  ルピナスがひらひらと寄っていくと、見物していた人間が言葉を返す。この川はこれまでも何度か嵐の影響で増水を引き起こし、その都度修理されてきた。しかし、ここ数日こんなに増水するほどの雨は降っていなし、嵐も来ていない。とすると、魔法の力で何物かが水を傘増ししたと考えるのが妥当だった。だが、ここまでの水。人間なら、一握りの強力な魔法使いしか発生させることは難しい。 「迂回するしかなさそうだね、セイラン」 「……迂回」  川の惨状を目にした瞬間から固まっていたセイランが、ルピナスに声をかけられてようやく口を動かした。その返事は明らかに重く、セイランは少しだけ視線を伏せた。通れないのは仕方がない。だから迂回しなければいけないというのは当然。だが、この道を通れないとなってしまうのはかなり思わしくない。これだけの増水、かなりの迂回をして、この川を渡らない道を選ぶ必要がある。となると、一箇所、通りたくない場所を通らなければいけなくなる。 「エンジェルリーパー……」 「……まぁ、避けたいからこのルートを選んだんだろうけどね。大丈夫だよ、セイランとっても強いし」 「あの森を抜けられれば、かなり近道になります。といっても、私はお役には立てませんので、セイランくんの判断にお任せします」  エンジェルリーパー、それがあの森に付けられた異名だった。川を渡らずに目的地に向かうには、どうしてもそこを通る必要がある。ミハネの言う通り、森を抜ければ大きくショートカットが可能になる。何事もなく森を抜けられれば、今日の夜には旅人の宿に到着するため、半日以上早くシャムロックに着くだろう。  森を通らずとも、迂回のルートは他にもある。しかし、それではより時間がかかることになる。ただでさえ遠回りをしているのに、より遠回りをしてしまう。セイラン一人だったなら、間違いなく他のルートを選んでいた。セイランの頭をよぎるのは、散々聞かされたシャムロックに持ち込まれた遺物への期待。ミハネはセイランに依頼を持ちかけた時点ですぐにでもシャムロックに行きたそうな様子もあったし、だからこそ準備期間も設けず出発を翌日にしたのである。 「……二人は、いいのか?」 「ボクはセイランの腕を信用してるから」 「私はお二人の腰巾着ですので、危険は承知でついてきております」 「……わかった。それなら、早い方がいい。日が暮れたら、森から出られなくなるかもしれない」  ブレない二人を前に、遠回りをしようとは言えなかった。セイランはくるりと踵を返し、足早にエンジェルリーパーの方角へ歩きだす。何もなければいいのだ。そしたら、ただのショートカット。セイランは何度も自分にそう言い聞かせて、不安に押しつぶされそうな表情を隠す。  信じてついて来る二人に、セイランは言い出せなかった。  エンジェルリーパーに、行ったことがないということを。  そうして、数時間後。セイランははっきりそう言わなかったことを後悔することになる。  氾濫した川を見た後、一行は真っ直ぐ森へと向かった。エンジェルリーパーは噂の通り、昼間であるにもかかわらず深い霧で満たされており、数メートル先も見えないような状況だった。三人は可能な限りはぐれないよう声の届く範囲にいることを心掛けることと、声を掛け合うことを決めて森を進んでいた。 「しかし興味深いですね。古代に仕掛けられた戦争用の魔法が未だに発現しているとのことですが、その発生源はどこなのでしょう?」 「さぁ? 実際そういうのも特定されてない訳だし、実はここを縄張りにしてる魔物の仕業だって可能性も否定しきれないんじゃない? セイランはどう思う?」 「……」 「あれ、セイラン? いる?」 「……、右ッ!」 「ふぎゃぁ!」  セイランは雑談をしていたミハネのマントを突然掴みグイッと引き寄せる。その瞬間、霧の中から一匹の大きな蝙蝠のような魔物が飛びだし、鋭い牙でそれまでミハネの首があった場所を割いた。セイランはすぐさまミハネのマントから手を離し背中の大剣に手をかけ腰を落とすと、ぐっとその場で両足を踏み切り、魔物に向けて大剣を振り下ろす。その一撃は魔物の背中に落ち、真っ二つになった魔物は消え失せる。セイランははぁ、と息をつき、背中に大剣を戻す。 「あたた……助かりました、ありがとうございます」 「いえ、ごめんなさい放り投げちゃって……」  腰をさするミハネにセイランは手を差し伸べ、ミハネを立ち上がらせる。傍らにいたルピナスは何か考え込んでいるような表情で魔物は飛び出してきた霧の中を見据えていた。

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