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第33話

 柔らかくて温かくて、心地がいい。セイランが目を覚ましたのは、そんな質のいいベッドの上だった。確実に死んだと思っていたのに、と生きていることに驚きつつセイランはゆっくりと瞬きをした。  しかし、またしても気を失ってしまった。ルピナスと出会ってここ最近、普通に眠った記憶がほとんどないような気がする。例に従ってまた知らない天井が広がっている。そしてまた例に漏れず起きた瞬間痛みが襲う。これまでと違うのは、その痛みが今まで以上に強いことくらいだった。 「セイラン? 気が付いた? 良かった、どこか痛む?」  目覚めた瞬間に、同じ部屋の中にルピナスがいるのも変わらない。最初は目覚めた時にこの男がいることに不安を感じていたのに、いつの間にかルピナスがいることに安心するようになっていた。セイランはベッドサイドに座っていたルピナスが心配そうに見つめてくるのを見上げる。どうやらルピナスは怪我などはしていない様子で、意識を失う直前と変わらない容姿をしていた。どうなったのか分からないが、どうやら無事だったらしい。 「……ここは?」 「最初の目的地の旅人の宿だよ」  ということは、あの森を抜けたのか。ルピナスはまだぼんやりとしているセイランの額に手のひらを当てたり、うなじに指を当て脈を測ったりしてセイランの体調を気にかけていた。そんなルピナスの手を、セイランはそっと掴み、ほんの少し自分の方に引き寄せた。何か伝えたいことがあるのかと察したルピナスが、引かれるままに身を寄せ「なぁに?」と優しく声をかける。 「依頼、破棄しよう?」 「……は?」  ルピナスの耳に、ほんの微かに聞こえたのは、そんな震えた声だった。思わず低い声をあげたルピナスはすぐさま椅子から立ち上がり、セイランの体を転がし強引に仰向けにすると、ベッドに乗り上げて馬乗りになり、両肩を押さえつけながら髪の毛が頬を撫でるくらいの近さで顔を突き合わせた。 「いっ、……ぅ、」 「痛い? だめだよ。ボクが納得するように説明してくれるまで退かない」  かけられた体重の重みで背が悲鳴を上げている。堪えきれずセイランが顔を歪めても、ルピナスは退けるどころかより強く肩を押した。セイランを真っすぐに見下ろすルピナスの桃色は完全に据わっており、逸らされる気配はない。怒っていると感じ取ったセイランは、その圧に気圧されそうになりながらも必死に詰まりそうになる言葉を吐き出す。 「おれは……、あんたを騙してたから、おれには、あんたの護衛を務める資格なんてないから……!」 「納得できない、騙された覚えはないけど? そもそも今回エンジェルリーパーを通ることになったのはボクらが道を急いでいたせいだ。にも関わらず、お前は危険を承知でボクらの旅路を優先し、ボクらを守るために怪我をした。これ以上ない、立派に護衛の役割を果たしてくれてたじゃん」  セイランの首が弱弱しく左右に動く。本当は、本気になればルピナスを押し返すことくらい容易だった。体格差はもちろん、単純な腕力もセイランの方が何倍も上手である。それを分かっていながら、セイランはルピナスを無理矢理振り払おうとはしなかった。むしろセイランは体から力を抜いて、苦しそうに唇を噛んだ。 「……セイラン?」  様子がおかしいことに気づいたルピナスの手が肩から離れていく。そっぽを向いたままこちらを見ないセイランの表情を見ようと、片目を覆っていた赤毛を横に流す。セイランの瞳は、今にも泣きだしそうに揺らいでいた。それを見たルピナスの手が、ぴたりと動きを止める。  ――言わなきゃ。  ルピナスと出会って、たった三日。それだけの時間でルピナスは、セイランにとっての「特別」に変わっていた。特殊な出会い方をしている時点で最初から特別であることには間違いないが、それ以上に、ルピナスは特別だった。だからこそ、セイランはルピナスに自分の秘密を言えなかった。  でも、もう逃げられない。

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