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第34話

「おれ、魔法が使えないんだ」 「……」 「威力が低いとか、そういうんじゃなくて、ぜんぶゼロなんだ。火も水も風も、何も、全然つくれない。赤ん坊以下、なんだ」 「…………」 「それなのに、なぜか変な先天術だけが使えた。おれの先天術、治す力なんだよ。……気持ち悪いだろ? きっと、ミハネさんも、それを知ってたら、おれなんかに依頼しなかった。だから、おれは二人を騙したんだ」  ルピナスは何も言葉を返さなかった。どんな顔をしているのか、怖くて見ることも出来なかった。「魔法」とは、壊すための力である。すべての魔法の発想の原点はすべて、壊すこと。それなのに、セイランが使う先天術は治すことだった。破壊と対象の位置にある、創造の力。セイランの先天術を知っている人々は皆、総じてその力を気味悪がった。さらにそれ以外の魔法まで全く使えないと来たら、誰もがセイランを見下した。……たった一人を除いて。  だからセイランは魔法が使えないことを隠して生きてきた。知られたらその瞬間、避けられると分かっているから。  だから、ルピナスに言えなかった。言いたくなかった。 「……この近くの町に、別のギルドがある。そこで代わりの護衛を見つけてくれないかな……、おれなんかと、行けないだろ?」 「…………う、よ」 「ルピナス?」  ルピナスを見れないまま、セイランはぽつぽつと言葉を紡ぎ続ける。すると、ルピナスが細く弱弱しい声で何か呟いた。初めて聞く弱い声に、セイランはようやくルピナスを見上げた。そこにあったルピナスの表情は、想像も出来なかったものでセイランは言葉を失う。  これまでずっとどこか余裕をちらつかせながらも隙の無い、そんな顔をしか見せなかったルピナスの表情が弱弱しく歪んでいた。そこには、悔しさや悲しさ、そんな負の感情が混ざり合っているように感じられた。 「違うよ。だましてるのは、ボクの方。ボクが……」 「……ルピナス?」  セイランが恐る恐るもう一度呼びかけると、ルピナスは口をつぐむ。そのまま何も言わず、ベッドから降りるとセイランに背中を向けた。 「……知ってるよ、お前が魔法使えないことなんて」 「……へ?」 「ボクはお前が魔法を使えないことを分かっていて、それでもお前を護衛に選んだんだ。それを踏まえて、一晩、もう一度ゆっくり考えて欲しい。……ごめんね、おやすみ、セイラン」  それだけ言い残して、ルピナスは部屋を出ていった。暗い部屋に一人残されたセイランは、もう一度「え?」と小さく声を零す。  知っていた? 分かっていて依頼した? 理解できない言葉が、ぐるぐるとセイランの頭の中を駆け巡る。どういうことかと聞こうにも、聞くべき相手はすでにこの部屋を去っている。 「……おれ、まさかまた何か忘れてるのか?」  空虚に問いかけても、当然何も返っては来ない。ルピナスがいなくなったことで目に入った月の明かりが眩しくて、セイランはベッドの中に潜り込む。  思えば、一人で眠るのも久しぶりか。そう思うと、急にルピナスがいないことが不安になる。それから目を逸らすように、セイランは目を閉じ丸くなる。  考え直す必要なんてなかった。最初から、本心ではないのだから。 「おれだって、叶うのならもっとあんたといたいよ……」  ルピナスの前では堪えきれた涙が、溢れてくる。セイランは一人、制御しきれない不安定な心を抱えたまま、いつの間にか眠ってしまっていた。

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