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第34話
3ー10 兄と弟
「イロイって誰?」
俺は、ラウスとクレイに訊ねた。2人は、少し顔を見合わせてから口を開いた。
「イロイ様は、王の実兄でございます」
イロイ・アル・アリスティアは、王の実の兄だった。
しかし、オメガであったために王位継承権を持たなかった。
彼は、争い事も政治も好まず、ひっそりと後宮で暮らしていたのだという。
「セイ様のいらっしゃる少し前に、隣国イスカルディ王国の王のもとへと嫁がれたのです」
マジか。
だが、俺は、いまいち納得できずにいた。
なぜ、嫁いだ兄の名を王が寝言で呼ぶのか?
俺がそうきくとクレイが答えた。
「幼い頃に母君を亡くされた王は、兄上様をたいそう慕っておいででしたから。本当は、隣国へと嫁がせたくなかったのでございましょう」
なるほど。
俺は、わかったような気がしていた。
王は、きっとあの夜、嫁いでいった兄を思ってやけ酒を飲んでいたのだ。そして、俺に行き当たってしまったわけだ。
きっと、誰でもよかったのに違いない。
愛する兄のいない隙間を埋めてくれる者なら、誰でもよかったのに違いなかった。
それが、たまたま俺だったというだけ。
俺は、なんだか、心が冷えていくのを感じていた。
「俺は!」
俺は、畑の雑草を抜きながら叫んでいた。
「結局、都合のいい男でしかないんだ!」
いつだって、そうだ。
エドのことにせよ、ラミエルのことにせよ、俺は、いつだって、そうなんだ。
半日かけて畑の雑草取りをしながら、俺は、決意していた。
もう、誰のことも愛さない、と。
俺は、畑仕事の後、本を片手に厨房の片隅を借りて薬を作るつもりだった。
俺は、材料を揃えて、鍋を火にかけて煎じていった。
ちょっとした怪我や病気にきく、というか、元気が出るポーションを作るつもりだった。
煎じながら、俺は、鍋の中の薬へ魔力を注いだ。
どうか、飲みやすくって、よくきく薬ができますように。
念じながら、ふと、王のことを思い出していた。
俺のことを看病してくれた。
今まで、そんな男、いなかった。
それに、よく考えたら俺よりずっと年下なんだよな。
愛さなくっても、少しぐらい優しくしてやってもいいのかもしれない。
奴も、最愛の兄を失って寂しいんだろう。
それに。
俺は、朝、王が目覚めた時にされたキスのことを思い出していた。
激しい、それでいて、甘いキスだった。
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