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第9話
ふたりよりも早起きして、相撲の基本動作を行うのが僕の日課だった。
コンサートの日にちが決まると、僕はいつもより2時間早く起きてそれをこなし、ピアノの練習を始めた。
楽譜を入れた本棚の中から小さい頃に弾いた楽譜を纏めたファイルを取り出すと、あの楽譜を探す。
そこにあった、変色した楽譜とその隣にファイリングした父が筆を使って書いた歌詞カードを見つけると、僕は譜面台にそれを置き、歌いながら弾いた。
あのテストの後、父と一緒に歌う事が増えた事。
僕がテストで満点を取ったり、ピアノのコンクールで賞を貰うと、『お前は天才だ、よくやった』と褒めてくれた事。
父との色んな思い出が蘇り、父はいつも周囲に僕の事を自慢していた事を思い出した。
「…………」
歌っているうちに、涙が出た。
父の言葉が重くのしかかっていたけど、僕は、父に褒めて貰える事がすごく嬉しかった。
僕の頑張りを認めてくれていた父だったからこそ、僕の本当の気持ちを分かって欲しかった。
『強くて逞しい男になれよ、春希』
父さん。
僕は貴方のようにはなれないけど、僕の出来る事を何があっても恐れずに、精一杯やって生きていくよ。
「おはよ」
そこに、春楓が起きてくる。
「ごめん、起こしちゃった?」
僕は慌てて弾くのをやめ、涙を拭った。
「いや、なんか目が覚めたらおじさんの歌声が聞こえてきたからさ、おじさんいるのかと思って確かめに来たらお前だったからビックリした」
「寝ぼけ過ぎだよ、春楓。うちの父親がここにいる訳ないじゃない……」
傍に来た春楓をイスに座ったまま抱き締めてキスをする。
「……お前、言われると嫌かもしんねーけど、歌声おじさんそっくりになってきたぞ」
「そうなんだ……」
昔は父に似ていると言われる事が嫌だった。
でも今は、親子だから似ていてもおかしくない、くらいに思える。
あの人が僕を否定していても、この無駄に大きい身体も、低い声も、父から受け継いだものだと思う。
「聞かせてくれよ、春希。カラオケに来てると思ってさ」
可愛い笑顔で言われて、僕は断れない。
「じゃあ……弾き語りする代わりにご褒美ちょうだい、春楓」
春楓の耳元でそっと囁くと、春楓は顔を真っ赤にして頷いてくれた。
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