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第13話

父の病院は、僕の住んでいる所から車で30分くらいの所にあった。 「面会の方はこちらにお名前をお願いします」 受付の女の人の後ろで、女の人たちが何かを話しているのが聞こえた。 「ちょっと!あの人めちゃくちゃイケメンじゃない?」 「背が高くてカッコイイー!!誰に会いに来たのかなぁ……」 僕はそれを気にもせず、母に教えられた病室を目指す。 父は3階建ての病院の最上階の個室に入院していた。 父に会う前に、父の話が本当かどうか確認したい。 そう思った僕は、ナースステーションと書かれた場所にいた女の看護師さんに声をかけた。 「すみません、赤木勝(まさる)の息子なんですが」 「えっ!?赤木さんの息子さん!?」 僕に話しかけられた看護師さんは、僕の方を見ると興奮した状態で応える。 「父の病状について教えて頂きたいんですが、よろしいでしょうか?」 「あ、えぇ、勿論!!今、先生を呼びますので……」 受付の時と同じく、女の看護師さんたちが僕を見て騒いでいた。 「あれが噂の息子さん?赤木さんに似てるけど、想像以上のイケメン!!」 「幼稚園の先生って聞いたけど、あんなイケメン先生のいる幼稚園に子供通わせてる人たちがうらやましい!!」 そんな声を聞き流しながら待っていると、アロハシャツにジーンズを履いた小太りで中年の男の人がやって来た。 「あ、君が息子さん?主治医のオギワラです。しかし君、お父さんに似てでっかいねぇ〜」 「どうも……」 とても医師に見えない風貌だったけど、その人はすぐに父の事を話してくれた。 「お父さんはね、今は病は気から状態なんだ。自分は治ると思えばそれなりに長生き出来るし、もうダメだと思えばそれまでだし」 「あの……それって……」 「ワタシの見立てだけど、今のところ10年は大丈夫。でも、お父さんが生きる事を諦めたらそこまで生きられないかもしれない」 「そう……ですか……」 先生のお話で、僕は少しホッとした。 「熱がなかなか下がらないから退院出来ないけど、それは心的な事が原因の可能性が高いんだよ。お父さん、君の事で自分をすごく責めてるから、嘘でもいいから許すって言ってあげてくれないかな?君たちに何があったか知らないし興味もないけど、お父さんにとって君の存在はとても大きいから」 それだけ言うと、先生は休憩中だからと言ってその場を去っていった。 ……………………………………………… 先生と別れた後、僕は父の病室に向かった。 ドアをノックすると、母さんがドアを開けてくれる。 「春希、来てくれたのね、ありがとう。仕事帰りなの?」 「うん、そうだけど」 当たり前の事だと思うけど、母は最後に会った時より老けて見えた。 「あなた、春希が来てくれたわよ」 病室に入るのが、父の顔を見るのが、話をするのが怖かった。 けど、向き合わなきゃいけないんだと僕は自分に言い聞かせる。 「春希……」 ベッドに横になっている変わり果ててしまった父の姿を恐る恐る見た。 「よく来てくれたな」 「と、父さんが来いって言ったんじゃないか。しかも嘘までついて」 少し声が吃ってしまう。 子供の頃、しばらく会っていなかった父にいきなり話しかけられた時みたいだった。 「嘘?」 「長くないなんて嘘でしょ。僕、ここに来る前にお医者さんに会って確認してきたから」 「……お前はやっぱり俺と違って優秀だな」 力なく笑う父。 「父さん、どうしちゃったの?僕に会いたいとか謝りたいとかもう自分は長くないからとか。今までずっと戦ってきて、怪我とも向き合って来られたんだから病気に負ける訳ないじゃない」 そんな父を、僕は見ていられなかった。 「父さんには偉大な海の子の血が流れてるんでしょ?海の子はどんな事も恐れないって教えてくれたのは父さんだよ?僕に強くて逞しい男になれって言っておいて自分は弱気になるなんて絶対許さない」 泣きそうだったけど、ぐっと堪えて父に言った。 「春希……」 「僕は謝罪の言葉なんか要らない。退院したらまたお祖父さんとひいおじいさんの為に海に向かって一緒に歌いに行こうよ、父さん……」 僕の言葉に、父は涙を流す。 「……ありがとうな、春希……」 隣にいた母も泣いていた。

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