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第36話

「ただいまー」 「おかえり、広夢くんが来てくれたのよ、お土産のお煎餅、二人も戴きなさい」 リビングでお茶を啜り、煎餅を頬張る母。 (...思い出させないで!その名前を...!) 奏斗は心の中で叫んだ。 「ねえ、あの人、誰?母さん」 煎餅に手を伸ばしながら、兄の優斗が尋ねる。 隣の奏斗は無心でバリバリ、煎餅を齧り続けている。 「あら、覚えてないの?よく二人、遊んでもらってたじゃない」 「そうだっけ?」 煎餅を手に優斗は思い出せずに首を傾げた。 「まあ、急に海外に単身赴任になったから、て、三ヶ月でまた引越して行ったから、覚えてないのかしらね、にしても、立派になって」 なかなかのイケメンだった広夢を思い出し、母は笑顔になった。 「ああ、そういえば。広夢くん、確か、αだったわね。優斗、奏斗、どちらかお付き合いしたらいいんじゃない?広夢くんのお家はお金持ちだし、結婚したら苦労しないわよー」 余計なことを...! と、再度、奏斗は無心でバリバリ、煎餅に齧り付く。 「えー...なんか誰かから聞いた気がするんだけど、結婚って墓場なんでしょ?」 優斗の嫌悪感、丸出しの声に、思わず、奏斗は煎餅を吹き出しそうになった。 ...そこ、覚えてたんだ、お兄ちゃん。 相当、怖がってたもんな...。 「そ、そんな事ないわよ、誰がそんなこと」 たじろぐ母に、僕です、とは言えない奏斗。 「奏斗は覚えてた?さっきの人」 互いに部屋へと上がる階段で不意に尋ねられた奏斗。 「え?う、ううん、全然」 「だよなあ」 そのまま、思い出さないで!お兄ちゃん! 奏斗は真に願った。 一難去ってまた一難。 翌日、再び事件が起きた。 優斗は教室で帰り支度をしていた。 奏斗を待たせちゃいけないな、と慌てつつ。 その頃の奏斗はいつものように既に校門前に立ち、優斗の笑顔を待っていた。 「...鈴原、ちょっといいかな」 不意に優斗は何故か三年の生徒に声を掛けられた。 「...僕ですか?」 三年が一体、何の用だろう?、と、ぼんやり相手を見上げ、眺めた。 「鈴原!」 いきなり抱き着かれ、拍子を抜いた。

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