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love you

(……偉くなったもんだよな……)  ぼんやりとそんなことを考えながら赤ペンを走らせる。  抜き打ちでやったテスト。  学生時代に嫌だと思っていたことを、平然とやる。  それがたまに、どうしようもなく虚しく思えたりもするけれど。実力を知るには一番手っ取り早いと考えてのことだった。  静かに採点をして、名簿に点を記入して。  次の採点に取りかかった時だ。  潔く白紙のプリントの、ど真ん中。 『好きな人はいますか』  癖のある字で、そう一言。  思わずマジマジとテスト用紙に見入った後で、名前を確かめる。 (……相沢晴明……)  その名前に、あぁ、と思い出すのは、窓の外を見つめる透明な瞳と、綺麗な茶髪。  女子に人気の、だいぶキレイな顔した生徒だった。  意外に真っ直ぐ人を見つめて、そして意外にアツイ。  ただ、なんとなく大人びた雰囲気を醸し出す時もあって、そのギャップが面白いと感じたこともあった。 (……好きな人、ねぇ……)  いないよなぁ、と寂しいことを思い浮かべつつ、名簿に“0”と記入する。  後でまた話をしてみようと思いつつ、次の採点に取りかかった。  ***** 「じゃ、こないだのテスト返すよー」  ひらひらとプリントを、顔の横で扇ぐように揺らしてみせる姿は、とても教師には見えなくて、どっちかと言うと学生みたいに見える。  まぁ新任だし、23だし。しょうがないっちゃしょうがないのかもしれないけど。  ぼんやりと頬杖ついた姿勢で教壇に立つ姿を見つめていれば、不意にこちらを向いた瞳と、ばっちり視線が合わさって。  その瞳の綺麗さに思わず胸の奥が跳ねたけれど。  彼はメッ、と小さな子供を叱るような目をして、視線を逸らした。 (……なんだよソレ……)  笑ってくれても良いのに。  苦笑だって良かったのに。  でもなんでかな。めちゃくちゃ可愛いとか思えたのは。  やっぱりあれかな。オレはあの人が好きなのかな。  ぼんやりぼんやり、そんなことをツラツラ考えてると、 「相沢」 「ッ」  彼が、友達でも呼ぶみたいな音で、オレを呼んだ。 「何してんの。早く取りに来る!」 「ぁ……はい」  早く早くとせかす姿は、やっぱり友達を呼んでるみたいな気安いノリ。  なんとなく慌てながら受け取りに走った後で 「今日の放課後、職員室に来てよ」 「へ?」  こっそりと耳打ちされて、キョトリと見つめた後に、彼が怒ってるような笑顔を浮かべた。 「こんなコトしたんだから、予想くらいしてたでしょ?」  とんとん、と細い指が叩いて示すのは、白紙で出した答案用紙で。  こっくりと素直に頷けば、ふふ、と小さく笑われた。 「素直でよろしい。じゃあ次ー」  えっとー、と名前を確認する姿から無理矢理に視線をはずして、自分の席に向かう。  その間中、胸の奥が鳴っていたのは気付かないフリをした。  *****  失礼します、と入ってきた姿を見て、正直なところ、ちょっと驚いたのは事実。  だって、そんなに素直に来ると思わなかったから。 「……何驚いてんですか」 「あー……いや、ごめん。ちゃんと来たからさ」 「来ますよ、当たり前じゃないですか」  小さく苦笑する顔に、そっか、と笑い返してから。 「で?」 「はい?」 「なんであんなコト書いたの?」 「……」  なんで? と重ねれば、相沢は少し驚いたような顔をしてまじまじとこっちを見つめてきた。 「……何? オレ、なんか変なこと言った?」 「いや……フツー、なんで白紙で出したんだーって聞くもんでしょ」  小さく笑いながら言うのに、ふむ、と頷いてから 「じゃあ……なんであんなコトしたの?」 「じゃあって……」  言われたとおりの問いを呟けば、今度は柔らかく苦笑する。 「だって別に知らなくてもいーし。抜き打ちテストってさ、オレ、一回も出来た試しなかったし」  まぁオレは計算式くらいは書いたけどね、と付け足して笑ってみせれば、相沢は今度こそにっこりと笑った。 「そんなことオレにバラしていーの? からかわれるとか考えない?」 「いーんだよ。その時はお前も白紙で出しただろって言い返すから」 「……先生ってホントに面白いよね」  くくくっと笑う相沢が、初めて年相応に見えた気がして、ゆっくりと笑う。 「なんだ。そう言う顔もするんじゃん」 「へ?」 「そっかそっか」 「……せんせ?」  きょとんとする相沢の前で、一人うんうんと納得していたのだった。 「それで? なんであんなコト書いたの?」 「……それは、その……」 「何」 「……あの」 「…………言い訳は簡潔に!」 「………………なんとなく、かな……」  ひとしきり納得した後で問い直せば、悩みに悩んだ後で本心を隠すような声がそう呟いて。 「で。いるの? いないの?」  急に切羽詰まったみたいな声で聞かれて、思わずいないよ、と真っ正直に答えていた。  なんだいないんだ、となぜだか嬉しそうに呟く相沢に小さく笑ってから、お前こそどうなんだよ、と笑う。 「ぇっ? オレ?」 「そう」 「……てか、なんで教師と生徒が職員室で恋バナ?」  はぐらかすような苦笑に、お前が始めたんだよ、とさらに笑って。 「別にいいじゃん。他に先生もいないんだし」 「……そりゃそうですけど」 「モテそうだよね、相沢ってさ」  含み笑いで聞けば、そんなことないですよ、と笑う。 「で。いるの? いないの?」  そんな相沢に、かけられたのと同じ問いをかけてやれば。  ぴたり、と動きも声も止まって。  ゆっくりと、瞬き。 「ぁ……の……」  掠れた声を絞り出した後に、いるよ、と酷くしわがれた声が紡いで。  一瞬、胸の奥に小さな痛みが走ったような気がしたけれど。  縋るような目で見つめられて、そんな疑問も消えてしまう。 「何? ……どしたの?」  問いかけに、相沢は。  小さく息を吸った後で。 「……すきです」 「へ?」 「…………せんせいが……すき」 「…………ぇ?」  喘ぐみたいにそう言って、じっと、こちらを見つめてきた。 「オレ、を……すき?」  呟いた声は、情けないほど掠れていた。

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