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【番外編】4.噂の心霊スポット

荷物を置いた2人が戻ってきて、入れ違いに吉澤さんは店を出て行った。 俺は温めておいたフラスコに新しく湯を入れてアルコールランプを点ける。 うちのコーヒーはサイフォン式だ。 お湯が沸騰したのでロートに先程挽いた豆を入れ、また火に戻す。沸騰した湯が上にあがってくるので豆と湯をヘラで攪拌する。 1分ほど置いて、火を止めてまた攪拌。すると下のフラスコにコーヒーが落ちる。 淹れたてのコーヒーをカップに注いで篠田兄弟に出す。 「はーい、どうぞ。遠いところをお疲れ様」 「あ~いい匂い。久々にいっちゃんのコーヒーが飲めて嬉しいな」 蕩けるような甘い笑顔で言われて、良い気分にならずにいられない。 剣志は顰めっ面だが、うちのコーヒーが好きなことは知ってる。 「ふん。悪くないな」 「東京にはうちより美味しいコーヒーがたっくさんあるもんなー?剣志」 他に客がいないので、カウンターに頬耐えをつく。 「なんだよ、喧嘩売ってるのか?」 「べっつにぃ」 「もう、久々に帰ってきたんだから仲良くしなよ2人とも」 ふん、と剣志はそっぽを向いた。 たまにしか会えないんだからもっと優しくしてあげればいいんだけどついつい反応が面白くてつついちゃうんだよね。 「あ、そうだ。さっきおばさんから聞いたんだけど」 急に佑成が思い出したように切り出した。 「え、何?」 「近所の高校生が肝試ししてて変なものを見たって」 わざと勿体ぶりながらニヤニヤしてこちらを見てる。 俺が子供の頃お化けを怖がっていたのを覚えていて揶揄うつもりだ。 俺はフラスコを片付けながら怖くも何ともないのをアピールするように平然と答える。 「ああ、それね。俺も聞いたよ。でも火の玉と女の人だっけ?そんなの…何かの灯りと見間違えたんだろ」 俺たちも通った高校の生徒達の間で、隣町の山のトンネルを抜けた先まで行って肝試しをするのが流行っていたのだ。 でも、行った高校生の中で体調を崩す者が数名出てから学校側に夜遊びがバレて問題になり、その場所での肝試しが禁止される騒ぎとなったんだとか。 「大体夜中に高校生が出歩いてるのが間違いなんだよ」 俺はそう締めくくった。 ……つもりだった。 「なんだ、怖いのか一樹?」 剣志が挑発してきた。俺はこの言葉に反応するべきじゃないと分かっていつつ、ついムキになって答えてしまった。 「は!?怖いとかそんなんじゃないし」 「ふーん、お前いまだに幽霊にビビってんだな」 整った顔を半笑いに歪めてこちらを見てくる。ムカつくなぁ。 「ビビってない!」 「じゃあ行こうよ」「じゃあ行こうぜ」 佑成まで一緒になってなんてこと… 「い、行かないよ俺は」 2人から目を逸らして洗い物を始める。 手を滑らせてガチャンと食器をシンク内に落としてしまった。 「あっ」 「いっちゃん大丈夫?」 食器類は割れていなかった。 「大丈夫、ぶつけただけで割れてない」 「ほーらやっぱり怖くて手が震えてんだろ?」 俺は剣志の発言を無視できず振り返って睨みつけた。 「違うったら!いいよ。そんなに言うなら行ってやるよ。お前こそビビって途中で帰るとか言うなよ」 剣志に向かって人差し指を突き出し宣言した。 今夜2人は着いたばかりで疲れているし、親がご馳走を作って酒も用意したと嬉しそうにしていたから行くのは明日ということになった。

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