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第84話 【篠田視点】バレンタインも俺たちは通常運行(1)

今日はバレンタイン。しかし今年は平日なので普通に仕事だ。土日だとチョコを貰う量が減るからちょっと楽なんだけど、今回は退社時間までにデスクに積み上がったチョコの山を見て上司も苦笑している。 「篠田、ほんとお前が羨ましいよ」 「何言ってるんですか。課長は仲いい奥さんいるでしょう」 今日だって奥さんが美味しいもの作って待っててくれるってさっき自慢してたくせに。 「そういうことじゃないんだよなぁ。ま、お前には一生わからんよ俺たち凡人の気持ちは」 「そうですか?」 別にチョコが特別好きなわけでもないし、毎年処分に困るだけだ。姉ちゃんにあげたり、去年は先輩と一緒になんとか食べたけどね。 実家に住んでたときは剣志もいたから二人分のチョコレートの量に姉と母はうんざりしていた。でも断るのも可哀想なんだよな。 俺はそんなことより、今年も先輩と一緒にバレンタインを過ごせるのが嬉しい。去年は俺の好きなもの色々用意してくれてたけど、今年は晩ごはん何かな~。そんなことを考えていたら終業時刻になり、スマホを見たら先輩からメッセージが届いている。 「え!?」 嘘!? ”晩ごはん用意できなかったから悪いけど外で食べてきて" だってーー!? しかもスタンプも絵文字も何も無いそっけない文章だった。 俺がスマホを見ながら愕然としているのを見た上司が訝しげに聞いてくる。 「どうした、この世の終わりみたいな顔して。あ!もしかして本命彼女に振られたとか~?」 くっそ。ニヤニヤしやがって。 俺はショックがでか過ぎて図星をさされたことに笑顔で返せなかった。思わず低い声が出る。 「そんなんじゃないですよ……」 「あ~あ~やっぱりそうなんだ~!なぁおい、鈴木!聞いてくれよ。このイケメン様がバレンタインに彼女に振られて泣いてるんだぜ」 「え!まじすか?」 帰り支度をしていた同期の鈴木が目を輝かせながら近づいてきて俺の肩に腕をかけながら言う。 「おい、篠田。お前もとうとう俺たちの気持ちを理解する日が来たってわけか?ん?泣くなよ相棒~!」 「泣いてないっつーの」 ちっ。うるさいな、誰が相棒だよ。 「先週彼女に振られた俺が先輩としておごってやるよ、飲みに行こうぜ!」 「は?今日月曜だぞ。アホか」 「うっせー行くぞ」 * * * * * 結局鈴木に強引に連れ去られて俺は居酒屋で一杯付き合わされた。先輩に外で飯食って来いと言われたし、別にいいよな?早めに解散したし。 それに先輩にあげるチョコはちゃんと事前に用意してあった。 あと、むしゃくしゃした俺は帰りに別の物も買ってきた。 「ただいま~」 ドアを開けるとガチャンと大きな物音がした。俺は慌ててキッチンに駆け込む。 「先輩大丈夫!?」 「あ……篠田……お帰り……」 キッチンは酷いありさまだった。ボウルや泡立て器、粉が飛び散り、焦げたチョコレートの匂いが漂っている。白いクリームが入っていたと思しきボウル(中身は床にぶちまけられてた)を抱えた先輩は地べたに座り込んで呆然としていた。 「先輩これ、どうしたの?」 「俺……ケーキ作ろうと思って……失敗しちゃった……」 そう言うとみるみるうちに彼の顔がくしゃっと歪んで顔を真っ赤にして泣き出した。 「え?そ、そうなの?」 「俺、お菓子作ったことあんまなくて、できると思ったのになんかできなかったぁああ!」 そしてわんわん泣いて俺にしがみついてきた。 先輩はいつも美味しい料理を作ってくれているし手際もいい。それにきれい好きなのでこんなに荒れたキッチンを俺は一緒に住むようになってから見たことがなかった。 でもそういえば和食は得意だけど凝った洋食とかはあんまりと言ってたな。 先輩が泣きながら言うことには、「プリンは茶碗蒸しみたいだから得意だけど、ケーキがこんなに難しいと思ってなかった」だそうだ。 「ケーキ作ってから晩ごはん作ろうと思ってたけど、1回目失敗したからもう晩ごはん作るの間に合わないと思って外で食べてきてって言ったんだよ。そんでその間にリベンジしたらできると思ったのに……メレンゲ床にぶちまけちゃったんだよぉおおおおお!」 「あ、はいはい。そっかそっか。よしよしわかったよ~」 こうなったらもう気が済むまで泣いて発散してもらうしかない。俺は黙って先輩の背中を撫でて彼が落ち着くのを待った。 「佑成が毎年女の子からたくさん美味しそうなチョコもらうから、俺今年は手作りで対抗しようとしたのに」 「え?そういうこと?」 は?理由が可愛すぎるんだが? 先輩が涙目で見上げてくる。 「だから買ってないんだ。佑成にあげるチョコ無いんだよ。こんなことなら買ってくればよかったよおおお!ごめんさい~晩ごはんも無いしもう最悪だよぉお」 そしてまた俺の胸に顔を擦り付けた。ワイシャツはもうびしょびしょになっている。 「一樹さん、いいんだよそんなの。ほら、俺から一樹さんにチョコあげるから機嫌直して。ね?」 「でもぉ~」 普段は結構ツンとしててクールに見えるが、一旦ぐずり始めたら長いんだよなこの人。 「ご飯食べないでやってるんでしょ?お腹空いてるからイライラするんだよ。チョコ食べよう。そんでなんかデリバリーでもしてちゃんとご飯も食べようよ。ね?」 「うう、冷凍のおにぎりあるからそれでいい……」 「じゃあ俺がおにぎり温めるから、着替えて来なよ。チョコと粉でドロドロじゃん」 「わかった……」 先輩を立たせてバスルームに行かせ、俺は手を洗って冷凍庫のおにぎりを温めた。 「あ、実はこれチャンスじゃね?」 俺は自分がさっき買ってきたものが有効活用できそうなことに気づいてほくそ笑んだ。

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