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幽霊棟の消失(3)

 夕方すぎにバイトを終えて、店から出るとき。一緒にあがった、バイトの後輩に声をかけられた。  彼女は高校二年生だった。笑ったときに、頬に控えめに刻まれるえくぼが、可愛らしい子だった。  刺繍の入ったトートバッグを手にぶらさげて、後輩はひとなつっこく俺に近づいた。 「お疲れ様です。トラ先輩」 「おーお疲れ。どう、少しはこのバイト馴れた?」 「あ、はい。先輩の教え方が上手なので。でも、まだどこに何のDVDが並んでるかは、全然覚えきれてないですけど」 「だいじょーぶ。俺もこまかいとこは全然覚えてないから」  安心させようと冗談混じりに言うと、彼女はホッとして微笑んだ。  そのまま、なんとなくの流れで、駅まで彼女を送ることになった。後輩は受験勉強のことやバイト先での愚痴を、口ずさむようなリズムで話している。  俺は相づちを打ちながら、たまに軽いアドバイスを捧げた。  穏やかな会話が続いていたのに、信号待ちで突然、 「トラ先輩って、彼女とかいるんですか?」  それまでと方向性の違った質問が投げられた。  ランプが青色に変わるのを待ちながら、背の低い後輩を見下ろた。目は合わず、彼女はそわそわと肩を揺らしていた。  もしかして、本題はこれだったのかな、と思う。 「いまはいないよ」 「えー、意外です。先輩ってかっこいいから、相手に困らなそうなのに」 「なにそれ、褒めてんの?」  信号が青色に変わったため、後輩の背をやわらかく押した。彼女はつんのめるように歩き出した。 「じゃあフリーってことですか?」 「ってより、誰かと付き合う気が今はないんだ」  傷つけちゃう前に、やんわりと断る。「そーなんですかぁ」後輩は落胆したようで、肩をわかりやすく落とした。  ごめん、と心の深いところでつぶやいた。  基本的に女の子を傷つけることは嫌いだ。  フェミニストではないが、女性の悲しむ顔は見たくないし、できれば守ってあげたいと思う。  けれど一晩ベッドに誘うにしたって、俺は年下が守備範囲外なのだ。 「ところで、南峠のオーキャン行こうと思ってるんですけど、先輩のサークルとか遊びいってもいいですか?」  俺の申し訳なさをよそに、後輩はすぐにケロリとした態度に戻った。すでに興味の対象は俺から、俺の交友関係に移ったらしい。  したたかだなあ……と感心して、 「ごめん。俺サークル入ってないんだ」  そう謝ると、後輩は今度こそがっかりとした。

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