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第4話
それは半年ほど前のこと。
「それでは皆さん、また来週お会いしましょう。よい週末をお過ごしください」
そう締めくくり、柚希はチラリとブースの外に目をやった。ディレクターの男性がこちらににこやかなサムズアップを送ってきた。
それを確認してから、柚希はヘッドフォンを外した。ラジオ放送ブースから出て、音声やCMを操作しているスタッフに挨拶をする。
「皆さん、どうもありがとうございました。お疲れさまでした」
「ゆーちゃん、お疲れ~」
部屋の奥で見守っていた人物が声をかけてくる。
「あれっ? 沢谷社長……?」
柚希が所属している『サツキ・エンタープライズ』の社長・沢谷だった。彼は無名声優だった柚希に目をつけ、「このニューハーフボイスは売れる!」と、積極的に世に送り出してくれた恩人である。
この『きみにVOICEを』というラジオ番組も、最初は違う声優にMCのオファーを出していたのだが、その声優のスケジュールが合わずに断られたため、沢谷社長がプロデューサーに柚希を売り込んだという経緯があった。これがきっかけで柚希自身の知名度も徐々に上がっていき、今ではアニメや洋画の吹き替え、ナレーション、ラジオMCなど、幅広いジャンルで活躍させてもらっている。本当にありがたいことだ。
「ゆーちゃん、今日もよかったよ。そのニューハーフボイス、たまらないね」
「ありがとうございます。ところで、今日はどうしたんですか?」
「うん、ちょっとゆーちゃんに用があって。あ、これ今月のファンレターね。ついでだから持って来といたよ」
「わ、ありがとうございます! 助かります!」
柚希は束になっているファンレターを受け取り、早速全ての宛名を確認した。今日という今日はあの人から来ているといいな……と、少しドキドキしながら軽く目を通していく。
けれど……。
(やっぱり来てないか……)
今月もまた空振りのようだった。内心で深く溜息をつき、柚希はもらったファンレターを無造作に鞄に放り込んだ。
こんなに頑張ってるのに、おれの声はまだあの人に届いていないのか……。
「でさ、ゆーちゃんに是非オススメしたい仕事があるんだ」
と、沢谷が言う。どうやらこっちが本当の用件だったらしい。
「実は、今度BLのドラマCDのオーディションがあるんだけど、ゆーちゃん、受けてみる気ない?」
「えっ? BL……?」
「うん、知ってるでしょ? ボーイズラブ。男性同士の恋愛を描いた作品で、女性に根強い人気のある、あのジャンルだよ」
「それは知ってますけど……」
曖昧に返事をする。
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