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第5話
柚希の声は基本的に女性に人気だから、この仕事をもらえればBL好きの女性を新しくファンとして獲得できる。柚希の固定ファンもその作品を聞いてくれるだろうし、活躍の幅を広げるという意味では手を出すのも悪くない。
(でもBLはなぁ……)
ハッキリ言って気は進まなかった。自分の中性的な声質からして、攻めキャラを当てられることはまずない。間違いなく受けキャラだろう。台本によっては、マイクの前で男に抱かれる声を演じなければならないのである。
まあ、これでも自分はプロだから、そういうシーンが台本に書いてあるのなら仕事としてやりきるだけの覚悟は持っている。けれど、「上手く演じられるかどうか」に関しては、全く自信がなかった。少なくとも、今まで演じてきたアニメキャラには、色っぽい喘ぎ声を出すシーンは一度もなかった。というか、そもそも自分の声に色気があるのかどうかは甚だ疑問だ。
(だけどせっかく仕事ゲットできるチャンスだし、断るのもな……)
声優業界は現在、飽和状態の薄利多売である。声優一本で食べていけるのはごく一部の超人気者だけで、ほとんどの声優は仕事をゲットするのも大変な状況なのだ。もちろん柚希も例外ではない。アルバイトと掛け持ちして、なんとか普通の生活を維持している。気が進まない仕事であっても、チャンスがあるなら逃してはならない。
一応、条件だけでも聞いてみるか……と思い、柚希は沢谷社長に尋ねてみた。
「ええと……そのBLのドラマって、どういうものなんですか?」
「『白い想いが舞う中で』っていう人気のBLマンガをドラマ化したものだよ。次に発売される単行本の初回特典につけるんだって。知ってる?」
「……えっ?」
その言葉を聞いた途端、柚希の「やる気スイッチ」が一瞬にしてONに切り替わった。
「叶十夢先生が原作書いてるBLコミックでさ、ドラマの脚本も叶先生が書いてるんだよ。今売れ時の人だから、オーディションだけでも受けてみたら? 何かの役をもらえれば実績にもなるだろうし……」
「社長!」
柚希は思わず身を乗り出した。
「受けます! そのオーディション、絶対受けます! いつ、どこでやるのか、詳しいこと教えてください!」
「あ、ああ、もちろん……。というかゆーちゃん、急にやる気出てない?」
「いえいえ、おれは最初からやる気満々でしたよ」
十夢先生の作品に出られるかもしれない。オーディションを受ければ、また十夢先生に会えるかもしれない。そう考えただけで心が躍った。
(十夢先生……)
先生は今どうしているだろう。どんな風になっているだろう。あまり変わっていないといいな。あの時と同じように、かっこよくて優しいままだといいな……。
柚希はうっとりと、彼に初めて会った時のことを思い出していた。
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