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第7話
「ちょっとすみません」
「あん? なんだよ、お前」
「僕、今の出来事一部始終見ていましたけど、あなたの方が急に横切ったんですよね? あなたがパンフレット見ながら歩いていて、それでこの子にぶつかってしまったんでしょう?」
「いや、それはさ……」
「せっかく手に入れたグッズに傷がついたのは残念ですが、まだイベントは始まったばかりですし、もう一度お求めになったらどうですか? こういうイベントでトラブルを起こすと以降のイベントにも影響が出ますし……下手したらあなた、ブラックリストに載って金輪際出入り禁止になってしまうかも」
「ちっ……わかったよ! 悪かったな!」
男は面倒くさくなったのか、シワになった紙袋を拾ってどこかへ去ってしまった。
ホッと胸を撫で下ろしていると、助けてくれた男性が声をかけてきた。
「きみ、大丈夫?」
「は……はい……。ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げ、顔を上げたら彼と目が合った。
遠目でもなかなかのイケメンだと思っていたけれど、近くで見てもかなり目鼻立ちが整っている。知的で落ち着いた雰囲気もまた素敵だ。かっこいい。
ドキドキしていたら、彼は柚希の全身を不思議そうに眺め、訝しげに首をかしげた。
「あの……なんですか?」
「いや、きみ男の子だったんだなと思って。ちょっと高めの声が聞こえたものだから」
「なっ……!」
一番気にしていることをストレートに言われ、柚希は助けられたことも忘れて彼に怒鳴っていた。
「悪かったですねっ! 女っぽい変な声で!」
当時の柚希にとって、自分の声は最大のコンプレックスであった。思春期まっただ中の男子高校生にとっては、この甲高い声はコンプレックス以外の何物でもなかったのだ。
(大嫌い、こんな声……)
低くて野太い声の男性が羨ましくてしょうがない。なんで自分は男らしくてかっこいい声になれなかったのかと、いつも不満に思っていた。
すると男性は穏やかに手を振った。
「変じゃないよ。少なくともきみの声、僕は好きだな」
「……えっ?」
「『ニューハーフボイス』とでも言うのかな。その中性的でちょっとハスキーな声、たまらないね。個人的な意見だけど、きみ、本当に声優さんに向いてるかもよ?」
「声優……ですか?」
「うん。あの業界も大変だろうけど、きみの声が公共の電波に乗って聞こえてきたら素敵だろうな」
「…………」
そんなことを言われたのは初めてだった。自分の嫌いな声を「好きだ」と言ってくれる人がいるなんて、今の今まで想像したこともなかったのだ。
(こんな声でも気に入ってくれる人がいるんだ……)
些細なことかもしれないけれど、その事実は柚希の心を温めた。
この人は本当におれの声を「いい声だ」と思ってくれている。『ニューハーフボイス』という造語まで作って、「素敵だ」と褒めてくれる……。
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