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第8話

「ところできみ、こういうイベントは初めて?」 「えっ? はい……」 「そうか。このコミケにはいろんな人がいるからね。ほとんどの人はちゃんとマナーを守れる人だけど、熱狂的すぎて時々羽目を外しちゃう人もいるから。気を付けるんだよ?」 「え……ええ……」 「それじゃ」  と言って、男性は自分のブースに戻ってしまった。 「…………」  なんとなく、このまま立ち去るのは忍びない。助けてもらったお礼もしてないし……。 「あの……」  柚希は思い切って彼に話しかけた。 「その同人誌、一部ください」  それが、柚希が購入した十夢先生の初めての作品だった。  せっかくだからサインを入れてもらおうと思い、お支払いをしつつ名を名乗った。十夢は快くサインに応じてくれて、『高島柚希くんへ』と添えて表紙の裏側にサインしてくれた。  サインを待つ間、柚希は何気なく聞いてみた。 「十夢さんはプロの作家さんを目指しているんですか?」 「いや、もうデビューはしてるんだよ。売れてないだけで」 「えっ!? す、すみません……知らなくて。『十夢さん』じゃなくて『十夢先生』でしたね……」 「いいよ、十夢さんでも。デビューしてると言っても、まだ電子書籍だから。素人にちょっと毛が生えたレベルの無名作家だよ」 「そんなこと……」 「自分では努力しているつもりなんだけど……努力したからって売れるわけじゃないからね、この業界は。結局のところ、この業界で一歩上に出られるのは『運』と『縁』に恵まれた人なんだよ。運よく出版社に目をつけられて、それをきっかけにご縁が生まれて、作品も注目されるようになって……。そうやって作家は成長していくんだ」 「そう……なんですか……?」 「そうなんだよ。逆に言えば、『運』と『縁』に恵まれない人は、いくら努力しても売れっ子にはなれないんだ」 「…………」 「……あ、ちょっと愚痴っぽくなっちゃったね。お買い上げ、ありがとう。僕がイベントに参加するのはこれで最後になるかもしれないけど、またどこかで会えるといいね」 「えっ……!? なんで最後なんですか?」  密かにショックを受けていると、十夢はやや苦笑して答えた。 「いや……まあ、僕はあまり『運』と『縁』に恵まれているタイプじゃないからさ。執筆業もそろそろ潮時かなあ……って。ちゃんと会社に就職して、普通に働いた方がいいかもしれないし……」 「そんな……」 「いいんだよ、こっちの話だから。……それじゃ、元気でね」 「…………」  イベントどころか、執筆業そのものをこれっきりにするような口振りだった。まるで売れっ子になるのを諦めているような台詞だった。 (でもここでやめたら、これまでの努力が全部無駄になっちゃうじゃないか……)  それは……それはあまりに、理不尽だ。  思わず柚希は、立ち去りざまこんなことを言った。

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