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第9話
「あの……余計なお世話かもしれないですけど、これだけは言わせてください」
「えっ?」
「どんなに理不尽な業界だろうと……おれ、頑張っている人はいつか絶対報われると信じてます。そうじゃなかったら世の中おかしいです」
「柚希くん……」
「言いたかったのはそれだけです。ではっ!」
柚希は逃げるようにその場から立ち去った。なんとなく離れがたい想いが芽生えていたが、これ以上余計なことを言ってしまうのが怖かったのだ。
家に帰って早速その同人誌をめくってみた。
イラストなしの同人誌はどうだろうとやや疑っていたのだが、数行読んだところでその気持ちがガラリと変わってしまった。
この作品、かなり読みやすくて面白い。トップシーンから衝撃的な事件で始まっていて、次はどうなるんだろう、と引き込まれてしまう。キャラクターも個性的で行動が一貫しており、世界観もしっかりしていてわかりやすかった。映像が次から次へと頭に浮かび、まるでアニメを見ているような錯覚に陥る。イラストなしでも全く気にならない。
「ええー! 十夢先生の作品、めっちゃ面白いじゃん!」
なんでこんな面白い作品が売れていないのか。みんな見る目がないんじゃないか、と疑った。読み終わってすぐにもう一度読み返してしまったくらいだ。活字だけの小説でこんなに感動したのは初めてかもしれない。
「あー! こんなことなら、その場で読んで感想伝えればよかったー!」
後悔したけれど、今更どうにもならない。
仕方なく柚希は、同人誌の裏側に書かれていた十夢のPCメールアドレスにお礼と感想をつらつらと綴って送った。本当にすごく面白かった、これだけ面白い作品を世に出さずに終わるのはもったいない、これからもずっと応援しています……等々。
仕事用のアドレスだから返事は来ないかも……と思っていたけれど、その日の夜に短い返事が来ていた。
『ありがとう。いつか柚希くん以外のファンにも認めてもらえるよう、頑張ります』
「ふぁー!」
嬉しさのあまり、メールを確認した瞬間変な声が出てしまった。ファンとして認識されたことももちろんだが、書くのをやめないでいてくれることが本当に嬉しかった。これでまた彼の作品を読むことができる。
(十夢先生……)
素敵な人だった。かっこいいし優しいし、作品そのものも素晴らしい。十夢先生の人間性がそのまま表れたような、せつなくも優しい物語だった。今はまだ無名かもしれないけど、このまま頑張っていればいつか必ず日の当たる時が来る。柚希はそう信じている。
「きみの声が公共の電波に乗って聞こえてきたら素敵だろうな」
十夢先生の言葉が蘇って来るのと同時に、あるひとつの考えが芽生えてきた。
(決めましたよ、先生)
声優になろう。自分もただのファンとして終わりたくない。十夢先生が文章で自分の世界を表現するのなら、自分はこの声で想いを届けたい。彼が「好きだ」と言ってくれたニューハーフボイスを、存分に生かしたい。
それに、声優業界で頑張っていればいつかまた十夢先生に会えるかもしれない。彼と一緒に仕事ができるかもしれない。その時に、改めて人気声優になった自分を見て欲しい。
(先生、おれ頑張りますから。だから、いつかまた絶対会いましょうね)
そう心で呼びかけ、柚希は初めて手に入れた同人誌を胸に抱き締めた……。
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