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第11話

 午後一時になった。「1」の番号札を持っている柚希からスタッフに呼ばれ、五人ずつまとめてオーディション会場に向かうこととなった。  会議室のようなオーディション会場では、四人の人が待ちかまえていた。右から順に、ディレクター、演出家、監督、そして脚本家。 (あっ……!)  一番左端の脚本家を見た瞬間、視界がぱあっと華やいだ。柚希がずっと憧れ、応援し続けていた人物が目の前にいた。 (あああ、十夢先生だ……!)  六年前に出会った時からほとんど変わっていない。顔かたちも雰囲気も、記憶のままだった。今は仕事が順調なせいか、表情にも余裕が滲んでいてますますかっこよくなっている。  うっとりと十夢に視線を送っていたら、彼と目が合った。心臓が大きく跳ね上がった。 「と……」  十夢先生、と叫びそうになり、慌てて唇を噛む。  落ち着け、自分。ここはオーディション会場なんだぞ。変な態度を取って不採用になったら元も子もない。これが終わるまで我慢だ、我慢。 「では、そちらにおかけください」  ディレクターの男性に声をかけられ、柚希は一番端の椅子に腰かけた。同人誌レベルの薄い冊子をそれぞれ渡され、 「その中から、希望のキャラクターを選択してこの場で演じてみてください」  と言われた。  柚希は冊子を開き、サッと目を通した。キャラクターは主に五人。主人公の受けキャラクター、相手役の攻めキャラクター、そして友人、ライバルなどのサブキャラクターが三人だ。  さて、自分にはどれが一番向いているだろう。 (やっぱり受けキャラ、だよね……)  声質からしても、キャラクターのイメージからしても、自分にはこれしかない。初めてのBL作品だから主人公、しかも受けキャラはかなり難しいだろうけど、どうせやるなら主役を演じたい。ちょい役レベルで終わりたくない。  十夢先生を前にしたら、自分の中の欲望がどんどん膨らんできた。 「それでは、『1』番の方からどうぞ」 「は、はいっ!」  勢いよく立ち上がり、柚希は中央に一本だけ置かれているマイクの前に立った。  四人の審査員の視線が自分に刺さる。十夢先生もこちらを見てくれている。柚希は声が上擦らないよう注意しながら、丁寧に挨拶した。 「高島柚希と申します。『サツキ・エンタープライズ』に所属しています。どうぞよろしくお願い致します」  そして十夢に視線を送る。 「ずっと十夢先生のファンだったので、今回のオーディションを受けることができて本当に嬉しいです。精一杯頑張ります」  柚希はわくわくしながら彼の返事を待った。  今は人気作家になってしまった十夢先生だけど、柚希だって六年前と同じ無名の高校生ではない。彼が褒めてくれたこの声で、厳しい声優業界を生き抜いてきたのだ。大好きな先生の作品のオーディションを受けられるくらいのレベルにはなったのだ。  十夢先生、今のおれはどうですか? 先生に勧められた通り、声優になったんですよ? コンプレックスだった声を武器に変えて活躍しているんですよ? ねえ先生、あなたの目にはおれはどう映っています? ちょっとは立派になったと思いませんか……?

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