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第14話
「おや、きみは……」
「オーディションを受けた高島柚希です。今日はどうもありがとうございました。それで、あの……」
「ああ、高島くんね。今日はお疲れさま。オーディション結果は一週間後に通知されるはずだから、それまで待っててね」
「え? いや、そうじゃなくて……」
「それじゃ、失礼するよ」
あっさりと柚希に背を向けてしまう十夢。あまりに素っ気ない態度を取られ、柚希は思わずその袖を掴んだ。
「ちょっと待ってください! 先生、本当におれのこと覚えてないんですか!?」
「放して」
乱暴に振り解かれ、ズキンと胸が痛んだ。なんでこんな冷たい態度を取るのか意味がわからない。仮に覚えていなかったとしても、「ずっとファンでした」と言った人に対して、これはさすがに失礼なのではないか。この人、本当に十夢先生なんだろうか。六年前はあんなに優しかったのに……。
「悪いけど、僕はこれから用があるんだ。オーディションの結果がわかるまではおとなしく待ってなさい」
「そういうことじゃないんです! おれはただ、先生のことが……」
思わず怒鳴りかけた時、横から若い女性の声が聞こえてきた。
「あの~、もしかして叶十夢先生ですか?」
「はい?」
眼鏡をかけた女性が十夢を見上げている。その腕には、『白い想いが舞う中で』のコミックが抱えられていた。明らかに十夢のファンだとわかる。
女性はもう一度、確認するように尋ねた。
「あの、叶先生ですよね?」
「ああ、はい。そうですが」
「わあ! 私、先生のファンなんです! 先生の作品、いつも面白く読んでます!」
「そうなんですか。ありがとうございます」
「あの……図々しいお願いなんですけど、もしよろしければここにサインをいただけませんか? こんな機会、滅多にありませんので……」
「ええ、かまいませんよ」
と、にこやかにサインペンを取り出し、女性が差し出したコミックにサインする十夢。六年前と変わらない、優しい対応だった。
その様子を、柚希は信じられない思いで眺めていた。サインをねだりに来た普通のファンには優しくしてあげるのに、なんでおれにはこんなに冷たくするの……?
「ありがとうございます~! これ、私のお宝にします!」
コミックにサインを入れてもらった女性は、心底嬉しそうに十夢に笑いかけた。
「先生、これからもずっと応援しています! 頑張ってください!」
「ああ、ありがとう。それじゃ、私はこれで……」
穏やかな微笑みを残し、十夢先生は去っていった。
「…………」
残された柚希は、呆然とした目で彼の背を見つめた。
(何あれ……?)
どこの誰かもわからないような女性ファンには気軽にサインしてあげるのに、無名時代からずっと応援し続けてきたおれのことは無視するわけ? あんな女性よりおれの方が遥かに先生のことを想っているのに、なんで何も応えてくれないの?
おれはあなたにこの声を届けたくて今まで頑張って来たのに。あなたが「好きだ」と言ってくれた声で、ずっとあなたにラブ・コールを送り続けて来たのに。
それなのに……。
(ひどい……!)
マグマのような怒りが煮え滾ってきて、どうにも我慢できなくなってきた。大きすぎるショックが怒りを煽り、一気に爆発寸前まで膨れ上がる。
柚希は駆け足でオーディション会場を飛び出し、見つからないように十夢を尾行した。
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