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第28話(十夢目線)
半年後。
高島柚希が主演のBLドラマは無事に収録され、次に発売される単行本の初回特典CDとして世に出回ることとなった。今まで「可愛い系キャラクター」を演じることが多かった彼だが、「一皮剥けた」とか「路線変更もアリかも」とか言われているようで、反応は概ねいいようだ。
(身体を張った役作りのおかげかな……柚希くん?)
パソコンのキーボードを叩きながら、十夢はあの時のことを思い出した。
男同士のセックスは一度ハマるとやめられなくなると言うが、まさにその通りだなと思った。あれ以来、自分も少々路線が変わってきて、BL作品の執筆が多くなってきている。多分、リアルで官能的なシーンの描写が好評だからだろう。ありがたいことだ。
十夢は少し手を止め、パソコン画面の右下に表示される時計を見た。20時56分。そろそろ午後九時になる。
(今日はこのくらいにしておくか)
パソコンをシャットダウンしつつ、くるりと椅子を回し、ラジオのリモコンを取った。そしてチューナーを合わせ、とあるラジオ番組にチャンネルを切り替えた。
午後九時になり、品のいい音楽がラジオから流れてきた。同時に、十夢が最も愛している声がスピーカーから聞こえてきた。
「皆さん、こんばんは。パーソナリティーの高島柚希です。今夜も『きみにVOICEを』の時間がやって参りました」
部屋のワインクーラーからスパークリングワインを取り出し、ソファーに腰掛けてグラスに注いだ。仕事用の作り声も、生の声とはまた違ったよさがある。
「それでは早速、お便りを紹介しましょう。東京都在住の『とみー』さんから……」
おや、と思った時、手元のスマートフォンが鳴り出した。お気に入りの時間を邪魔されて少しイラッとした。無視してやろうかとも思ったが、ディスプレイに表示されている名前を見て気が変わった。
「はい?」
「あ、十夢先生。お疲れ様です。今どこですか?」
ラジオと同じ声がスマホから聞こえてくる。公共放送の落ち着いた声色とは違い、もっと明るく砕けた口調をしていた。
十夢は口元を緩ませつつ、答えた。
「家だよ。ラジオ聞きながら飲んでいたところ」
「あ。それ、おれの番組でしょ? お便り読まれたの、聞きました?」
「今読まれてるよ。後で録音したのを聞き直そうかと思ってる」
「じゃ、一緒に聞き直しましょう! 今からそっちに行きますから」
「今から? もう九時過ぎてるけど……」
「いいじゃないですか。今先生の家の近くですし」
つまり、最初から来る気満々だったということだ。十夢は少し笑って答えた。
「はいはい、わかったよ。待ってるから早くおいで」
「はいっ! すぐ行きます!」
彼の声が弾んだのを聞いてから、十夢は電話を切った。
ラジオに目をやったら、既に「とみー」のお便りは読み終わっていて、違う人のお便りが読み上げられていた。
(……まあいいか)
自分には、それ以外の特別な声を聞くチャンスがいくらでもある。今からその本人が来てくれるのだ。この時間なら、ちょっとお話して「はい、さようなら」という流れにはなるまい。おそらく本人もそのつもりなのだろう。可愛い子だ。
上質な音楽を聞くのと同じように、そっと目を閉じてラジオの声を味わった。
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