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encounter.Ⅰ-Ⅱ
「今から運転手は別の人間を雇って下さい」
「急に困るぞ」
「社長でなく私が尾けられている様です、暫く消えます」
言い残し、ラストは早々と鞄を手に車を降りた。
いつまでだ、と窓から声が追い掛けたが、車間をすり抜けて路地へ姿を消す。
そう言えばディープデイにしては人が多かった。紛れるよう、幾らか増やしていたのかもしれない。
適当な角を曲がりながら、相手の思惑と規模を考える。自分はこの街に住しているが、犯罪者ではない。直近で胡乱な人物と接した記憶もない。
(一週間前に何か契機があったのか)
それとも一週間前から、態々こちらの目に入る様にしたのか。
ラストは異様に慎重な男だ。雇用主すら呆れるほど念には念を入れ、パブでは店内が一望出来る奥の席に座り、水にすら混ざり物がないか確認する。
住処は固定せず、区内のビジネスホテルを転々としている。郵便物もほぼ会社宛て、電波探知機を持ち歩き、時計の文字盤へ反射させ常に背後を見る。
(雑踏に同じ顔など、気にしていなければ分からない)
試しているのか、自分を?
ふとホテル街へ続く脚を留め、先ほど例の顔が居た大通りを振り返る。
雨脚は強まり、目に見えて足元の波紋が増えた。しんと張り詰める何時もの不穏なディープデイ、ラストは逡巡し、結果来た道を引き返す。
慎重ではあるが、時折今の様に好奇心が競り勝つ。
そして実は、大概良くない方角へ転んだ。そう、こんな具合に。ラストは視界へ飛び込んだ物を認め、自分の愚行を嘲った。
戻った道には携帯電話が落ちていた。
自分だけが通った道へ、降って湧いた様にあからさまに落ちていた。
観念した様に身を屈め、長雨に晒されるブラックベリーを拾い上げる。予想通り直ぐに携帯は鳴り出し、今更拒否する理由もなく濡れたボタンを押して応答した。
「…ハロー?」
『――ハローハロー!…僕のモバイルを拾ってくれた?ラブリー!居るもんだね神って奴は』
「この街でモバイルを落としても戻って来ませんよ、神へ会いたくばウェストミンスターへどうぞ」
『ああ、治安が良くないって話?まあ気を付けるさ、僕はイーストロンドンのグラフィティアートを見に来たんだけどね』
「観光ですか?」
『そうそう、今日イギリスに着いてさ…掏られないよう金銭は気を付けてたんだけど、まさかモバイルを落としちゃうとはね。ところで今から近くでお茶しない?』
どうやら敵は回りくどい演出を好む。もっと自然な接触なら幾らでも出来た物を、態々出来の悪いサスペンス映画みたいな導入を寄越してくれた。
まず表の人間では無い。そして悠長だ。恐らく直接手を下すフロントでなく、手綱を握る裏方の人間特有の。
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