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encounter.Ⅰ-Ⅲ
「ここまで取りに来ては?」
『つれないなー…礼に一杯くらい奢らせてよ。余所者だけどルールは履修したし、手をあげてボーイを呼んだりしない』
「この街でマナーなんて要りませんよ、好きに飲み散らかせば宜しい」
『それは残念、仕方ないけど君の愚かそうな雇用主でも誘うよ。苛々して頭撃っちゃうかもしれないけどさ』
電話の声は若い。確実に若者と呼べる20代だろう。
だが虚言でなく、本当に気まぐれで人を殺しそうな怖ろしさがあった。関わりたくない人種に目を付けられた。ラストは明確なルールが好きで、運試しで地雷原を歩く様なゲームは嫌いだ。
「何処のパブ?」
『え、来てくれるの?嬉しいよ、”エルダーベリー”って店で宜しく』
君の服装は。待ち合わせに必要な情報を問おうとして回線が切れる。
エルダーベリー。ディープデイには似つかわしくないほどご機嫌な店主が営み、ビーンズをこれでもかと盛ったジャケットポテトが提供される店。
この昼時なら尚更混雑していそうだが、確かにここから目と鼻の先の距離だった。
携帯電話を返す。それで終いになる訳も無いが、ラストは濡れた手をコートで拭い、雨でモネの油彩画の様になった街を走り出した。
”休業中”
黴臭いドアには端的な札が掛かっていた。
ラストは周囲を見回し、窓から店内を伺おうとした所で着信に気付く。
『Welcome!』
モバイルには勝手知ったるメッセージが現れ、構わず入れと言わんばかりに催促している。
パブの押し扉へ手を掛ければ、錠は確かに開いていた。さて今日は当然営業日だった筈だが、客は、店員は果たして何処に消えたのか。
カラン、と備え付けのベルが鳴り、ドアの隙間から据えた木造の匂いが立ち込める。
ドアの周囲や床を目視した後、ラストは何の武器も持たず待ち合わせた店内へと踏み入れる。
無論客は居らず、テーブルで囲われたカウンターも蛻の空だった。ただ1人、店の最奥へ腰かけた男が、ラストを目に恰も友人の様に片手を上げているだけで。
「やあラブリー」
この一週間に雑踏で何度も見かけた顔。それが今日はスーツを着こみ、黒髪を後ろへ撫で付け、店の目玉であるジャケットポテトを嫌味な仕草で切り分けている。
「来てくれて嬉しいよ、座ったらどうだい?」
「…店主と客をどうしました?」
「このデートは僕が誂えた。用事が済めば元に戻しておくよ。差し詰め今の君が出来るとすれば、僕の向かいに座って食事を楽しむ事だね」
ラストは黙り、男の姿也を頭からテーブルの境まで観察する。そうして諦めた様に椅子を引くや、調味料のために広々とした白いテーブルへ腰かけた。
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