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encounter.Ⅰ-IV

「ポテトフライへビネガーを掛ける?サワークリームもあるよ」 「君のモバイルを返しに来ました」 「ああ、サンキュー。あの路地には良く行くの?」 「いや、監視カメラが届かないので滅多に」 男の瞳孔が開き、いいねと脈絡のない賞賛を寄越した。 「どうして今日はカメラの届かない場所へ?」 「私を尾けていた人間が、どうも監視カメラが苦手らしいので」 「君は最高だな、ラスト=ワンダーランド」 パブに絶対そんな代物は無い、と思うキュヴェ・レオニーをグラス2つ分へ注ぐ。見事な琥珀色へ映る男の顔は、想定通り20代の若々しさを残している。 「実は君以外にも何人か尾けてみた。尾行の存在までは気付けたとしても、僕が”監視カメラの合間を縫って歩いている”なんて事に気付いたのは君だけだ」 「何人か尾けていた?何故?」 丸腰だろうが躊躇の欠片もなく、ラストは疑問をぶつける。そう言えば未だ名前も聞いていない。出自も、職業も。そして漸く今の今、男は一週間の目的を語る。 「面接さ」 「…つまりリクルート?この食事も面接の一環?」 「いいや、これは採用通知。あとは君の意思次第さラスト、君にはある男の捜査を頼みたいんだ」 観光客という建前が嘘なら、この青年は英国出身かもしれない。そもそも位置を調べたからと言って、入り組んだ小道を余所者がカメラを躱して歩けるとは思えない。 そして良いスーツを着ているが、時折下級階級の単語を使う。恐らくイギリスの階級社会の枠から外れた、アウトローの存在。 「君が監視カメラを避けていたという事は、敵は公的機関…面倒ごとは御免です」 「そう言うと思ったよ。ディープデイの善良な市民、ラスト=ワンダーランド」 男の言葉を皮肉と取ったが、実際は賞賛だったのかもしれない。この街で体裁だけでもマトモに生きる事がどれだけ難しいか。元よりマトモな人間など、本来犯罪の温床に居座らない。 「いいや善良と言えば語弊がある、君は法律という文書化されたルールが好きだから従っているに過ぎない。もっと面白い事があれば、平気で飛び込む人種さ」 「随分人の事を知った口で話すんですね」 「慎重で理性的な癖に、好奇心の塊…僕と頗る相性が良いと思うんだよね。君なら受けてくれる筈さ、捜査対象は言う通り警察だけど」 「名前も知らない人間の依頼など受けませんよ」 男が食い下がってみれば、違う切り口で応酬してきた。矢張り飽きない。コニャックで濡れた唇が三日月みたいに曲がり、嬉しそうに名を名乗る。 「ブラックって呼んでよ」 「…ブラック?まさか…――君がブラック=カニバル?」 「おっと」 スーツが仰け反って肩を竦める。業とらしい仕草に眉を顰め、ラストは想定以上の窮地へ匙を投げかけた。

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