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encounter.Ⅰ-Ⅴ

ブラック=カニバル。英国の産んだ悪魔にして、希代の殺し屋斡旋業者。 英国を巨大なチェス盤に見立てて駒を動かし、政府よりも明日の命運を握る男。 少々肩書が大袈裟過ぎやしないか、と噂を耳にしたラストも思ったが、カニバルの怖い点は彼に心酔している悪人の多さだった。 勿論、大半の市民はその名を知らない。しかしディープデイの一部の階層は彼を尊び、仕事を貰う事が一種のステータスとまで思っている。 「僕の名前を知ってた?嬉しいけど不味いね」 「不味い?」 「フルネームは禁止ワードなのさ」 ピルルルル。突然上着のモバイルが鳴り出し、ラストは怪訝な顔で視線をやる。 こっちは自分のモバイルだ。音量を下げて黙らせようかと思ったが、カニバルは癇に障る笑みのまま「どうぞ」と手を差し向ける。 「――…ハロー?」 知らない番号を警戒して応じる。矢張り知らない男の声が挨拶し、明瞭な発音で用件を告げてきた。 『ハロー、Mr.ワンダーランド。出し抜けに済まないが、モバイルをスピーカーフォンにして食卓に置いて欲しい』 素性を問う間もなくこれだ。 ラストは展開へ嘆息しつつも、素直に応じて皿の隙間へと携帯を並べた。 『ありがとう、私は警察の者だ。君がブラック=カニバルの依頼を引き受けるならば、今直ぐSASを突入させる事になるがどうする?』 「ほらご覧、面倒なハイエナが引っ掛かった」 苦言を呈し、カニバルは残りのビーンズを起用にフォークで捉えて頬張った。 成る程、禁止ワードを言えば警察の諜報に引っ掛かるらしいが、そもそもこの場も監視しているなら姿自体見えている筈だ。 「奴ら、どういう訳かカメラは無くても音だけは拾っている。生憎この街で密談は出来ないのさ」 『褒められて光栄だカニバル。さてMr.ワンダーランド、君が答える前に私からも提案がある――聞いて貰えるかな』 カニバルと言い、矢継ぎ早な人間達だ。自分と違って相当時間に迫られているらしい。 『私からも君に捜査をお願いしたい。対象は目前の男、ブラック=カニバルについて』 「…へえ」 役目を終えた銀食器が音も無く皿へ置かれる。きちんと右斜め下へ揃えられ、ナプキンも作法に沿って簡単に食卓へ畳まれた。 「犯罪者の猿真似とはスコットランドヤードも地に落ちたもんだね」 『我々は泥を啜る事には慣れているよ、それで依頼の受諾はどうする』 「…貴方がカニバルの前で私を勧誘した意図は?」 態々敵にネタばらしをしでかすメリットは何だろう。とくとくと再びグラスへ満ちる琥珀を眺めながら、ラストは手付かずだった料理を一つだけ口に放り込む。 これも言わばマナーに従っての行為だ。決して目の前の男を信用した訳ではない。 『確かにカニバルは君に情報を漏らさないよう注意する、しかし我々はカニバルの現在地が把握できるだけで釣りが来る』 「僕がラストを殺っちゃう可能性は?」 『無い。我々はラスト=ワンダーランドに手を出せない。何故ならこれは私と君の一騎打ちだ。Mr.ワンダーランドの信頼を得た者が勝つ。そして彼の殺害は敗北を意味する』 「…プライドの勝負か、馬鹿らしい。乗ったよその話」 「貴方たち、私は未だ何も言ってな」 『君は賢い犯罪者だカニバル、警察と共存している。しかし何時までも野放しというのも上が五月蠅いのだよ。此処らでどちらがこの国の舵取りに相応しいか決めるとしよう』

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