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encounter.Ⅰ-VI

グラスも開けぬ間に勝手に通話が切れる。 警察と生粋の犯罪者。両者がラストに仕事を持ち掛け、敵の目前で二重スパイを要求している。 何て面倒くさい展開だ。スリルの面では一級だが、その間まるで本来の仕事も手に付きそうにない。そして警察はああ言ったが、最たるは命の保証がない。 自分が安易な行動をすれば、翌日このポテトの横に並んでいても可笑しくない、そんなレベルだ。 「フー…さてラスト、面接と言ったけど役割が変わってしまった。君は英国の明日を決める審査員(judge)に昇格らしいよ」 「人を勝手に…面倒な事に…」 「ペイは払われる、二重にね。割の良い短期バイトだと思いなよ」 お互いに悟られている二重スパイとはどういう事だろう。否、そもそも悟られているなら最早スパイではない。 「勝敗って、どう決着をつけるつもりですか?」 「簡単さ。君が僕かあの男、どちらを信用するか決めれば良い。そして君に有益な情報を貰った者が勝利する。例えば住んでる場所とか、関係者とか、好きな相手とかね」 「――それは…決着した瞬間に、私の安全は消えるのでは?」 「それ僕に言ってるね?勘弁してよ、元々僕が惚れて君に声を掛けたのに、一回の浮気で頭吹き飛ばすなんて矮小にも程がある」 おどけて見せているが、どうだか。結局最後まで真意は読めない。端から犯罪者と公言している時点で当たり前だが、警察によればこの男は”弁えている”らしい。 立憲君主制のこの国を理解し、法を逸脱しつつも乗っ取ろうとはしない。 ならばこの男があの警察の情報を掴んで得る物は、ブラック=カニバルの目的とは何なのだろう。 「貴方たちはこれから度々私に会いに来る?」 「勿論、次のデートが待ちきれないね。そのモバイルは愛の秘匿回線だから持っててよ、それじゃ!」 言いたいことを言って犯罪者は席を立ち、何処か浮足立って正面入り口へと去って行く。 しかし一寸、何か言い忘れた様にエントランスで留まり、ポケットに両手を仕舞った気障な立ち姿で振り向いた。 「ああそうだ言っておくと――君がどちらを選んでも、最後には僕が勝つと思うよ」 カランと件のドアベルが鳴り、彼が去って今度こそ店内へ静寂が訪れた。 机の対岸には今日の食事代。ラストは其処へ本来パブで不要なサービス料を積むと、自分もさっさと出た方がよさそうだと腰を上げた。 「…ああしまった」 警察の方の名前を聞きそびれた。 名乗らない人間とは仕事をしない主義なのに、自分とした事が諸々パニックになっているらしい。 ぼやいた所で、また上着のモバイルが震えて顔を顰めた。 勿論自分所有の方で、メールを開くと独り言を把握した文面が並んでいた。 『申し遅れたが、私の名はリリー=ナイトメア。 ロンドン警視庁のトップの様なもの、と考えてくれて構わない』 ナイトメア。 可愛らしいファーストネームに不釣り合いな不穏さが嵌り、意味も無く文字列を声に出す。 するとまた着信ランプが点滅し、たった一言付け足された挨拶が届いていた。 『宜しく、ラスト』 業務上は不要な文面を目に、不器用な性格を想像して笑う。 リリー=ナイトメア、ブラック=カニバル。2人の厄介な権力に目を付けられ、ラストの人生が狂う。 しかしそれもまた一興。カニバルの指摘通り、人混みへ彼の顔を何度も見つけた時、非日常への期待に固唾を飲んで見詰めてしまったのだから。

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