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encounter.Ⅰ-VⅢ

唯の一市民に会う為に、書類を10枚も。 具体的な肩書は知らないが、”警視庁のトップの様な”人間とは実に面倒臭いのだな。 ラストは不本意ながら、退屈なキャブの道中を埋めるやり取りを心地良く思っていた。 カニバルもそうだろうが、ナイトメアも相当頭が良い。初対面ながら全く苦痛のないやり取りを楽しめたのは、彼の器量や理解力があってこそのものだから。 ”電話は?” つまり退屈を拗らせていた。故に普段は考えもしないだろう、交流を強請って督促の文言などを追加してしまった。 ”電話もできない?” そして間が空いたので、漸くやり過ぎたと頭が冷える。 キャブの窓へ凭れ、何の変哲もない景色へ意識を流した。市内もそうだが、我が街のゼブラ・クロッシングには輪をかけてゴミが泳ぎ回っていた。そして白黒のポールも黄色のランプもない、ロンドン交通局(Transport for London)の行政が行き届かぬなれの果てだ。 「兄ちゃん、この先右かい?」 「…ああすみません、右折して100ヤード程先で」 身を乗り出してドライバーへ指示を返す。 借りた宿はもっと先だが、スーパーで今晩の食材を揃えて帰るつもりだった。 何にするか、ひとり献立を考え、先ほど奴が切り分けていた熱々のジャケットポテトが脳裏へ浮かんだ。思えば言葉は下級階級のそれなのに、ナイフを扱う手つきは洗練されており、変な所だけ教養を身につけたものだ。 どちらか信頼できる方を選べ、などと妙な話だった。 ラストの道徳観は比較的凡庸であり、既に端から警察と名乗る男へと傾いている。 「それを見越しての”君がどちらを選んでも”…という発言なら、思ったより現実的な男だな」 現実的と言うか、ネガティブと言うか。 カニバルからすれば態々下手な観光客を演じていたのに、あの場をナイトメアに嗅ぎつけられたのは災難だっただろう。 そのナイトメアも勝手にこちらの逃げ道を塞ぎ、一般人へ危険な仕事を押し付けるなど、相当逼迫しているらしい。 (何にせよ勝手な連中だ) 運転手に料金を払ってキャブを降り、日の落ちた凍えるディーブデイへ戻る。 幸い雨こそ止んでいたが、この寒空にコートのセレクトを一段階間違えたらしかった。 ポケットへ両手を突っ込み、ラストは其処で仕舞い込んだモバイルの鳴動へ気付く。 確認するも知らない番号だ。会社の関係かと訝しみながらも応答すると、付近の監視カメラが呼応する様に点滅した気がした。

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