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encounter.Ⅰ-Ⅹ

給与はカニバル曰く二重払いになるそうだ。収入保障があるのは有り難いが、正直あまり能動的に仕事をする気はない。 「そうですね…成果報酬型にしませんか」 『拘束時間がある場合、そちらに応じて支払われるべきだよ』 「皆貴方みたいに聞き分けが良ければ、この国の列車が組合と対立して遅れる事も無いでしょうが」 『サザン鉄道の件かな、耳の痛い話だ。君が決め兼ねると言うなら、月4千で申請しておこう』 月4千、年で約5万ポンド。最近目にした同年代の平均年収よりも、弊社給与よりも遥かに高い。生命の危険が伴うとは言え、高給取りのエンジニアでも中々稼げない金額だ。 半額にしましょう、とラストは食い下がったが、御役人は正当な報酬だと取り合う気配も無かった。 『君の想像以上に疲労が溜まるよ、ラスト。ブラック=カニバルという人間が如何に広範の犯罪に関わっているか、その内体感する事になるだろうから』 「…マフィアの頭みたいなものですか?」 『奴は看板は貸していない。あくまで仲介業者に過ぎない。しかし経済から下水管の事情からありとあらゆる情報が集まり、ロンドンの裏政府の様相を模してきた…さてラスト、楽しい時間はあっという間だな、次の予定が来てしまった』 「貴方はご自分の予定を優先出来そうで何よりですね」 『君の怒りは最もだ、一先ずアフターの邪魔をして済まなかった――また連絡する』 深い声が途絶え、替わった無機質な電子音に嘆息する。 時間にして5分にも満たないが、人生で1、2を争う程に濃密な5分だった。 相手に興味を持たせる秘訣は、会話が一番盛り上がった所で切り上げる事だ。 以前その手のマナー講師が垂れていたノウハウを実感する羽目になり、ラストは冷えたコートを翻して憮然とマーケットへ続く歩道を急ぎ始めた。 「…料理をしよう、手の込んだ物を…時間を掛けて」 ぶつぶつぼやきながらポケットへ手を入れ、ロンドンの向かい風の最中を突っ切る。 イギリス料理が偉大なのはローストビーフを生み出した点のみで、後はとにかく塩味が抜けているし、野菜は色褪せるまで煮込むなどロクなことが無い。 不平ばかりが頭に浮かぶのは、要は凍える外気の所為だ。それだけだと脚を早めた矢先、上着の中で”もう一つの”モバイルが震え、確認した画面へ盛大に眉を吊り上げる。 『朗報、リリー=ナイトメアは独身――5分にも満たない電話で恋をした純情なラストへ』 矢張り盗聴器で聞いていたらしい、カニバルの冷やかしへ閉口し、歩道へ物を投げつけたくなる衝動を押さえながらラストは早々と返事を打った。 ”思春期のカニバルへ。朗報有り難う、貴方はこうしている間にも好感度を下げているのにね”

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