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encounter.Ⅰ-XI

料理は人生のデザート。と、言えば反感を買いそうだが、下級市民としてはテイクアウトを利用すれば事は足りるし、とにかく約束の無い夜を越えるのに都合が良い。 山積みにされた経済紙を読んだり、段ボールのまま置かれた日用品を開封したり。すべき事というのは溢れていたが、袋一杯に買い込んだ食材をシンクへ広げる方が心は躍る。 「さて、厄介だな」 いつもより歩き回った気がして、傍らの椅子を引き寄せて座す。 考えてみれば調理スペースの付いたビジネスホテルとは先進的だが、羊皮紙を貼った様な壁紙はなんとも古めかしかった。 フロントには一応常駐が居る。しかし、隙を見て第三者が出入りくらい出来るだろう。 盗聴器の有無を…調べようとして、ラストは馬鹿らしさに明後日を見た。そもそも上着には奴のモバイルが入っており、会話を聞かれているとすればそれを捨てずに持ち歩いている自分が原因である。 「…ナイトメアもこの部屋を監視しているのだろうか」 呟き、横目に自分のモバイルを伺う。 彼が聞いていれば返答が来るかと踏んだが、物はローテーブルの上へ沈黙したままだった。 会社の引継ぎはメールで済むのか。ホテルを移す必要はあるか。山積みの問題を紐解きながらもニンジンを取り上げ、ざらついた表皮へと刃を通す。 約1センチの幅を維持し、途切れないよう慎重に。以前の同居人には気味悪がられたが、ラストはとにかくこの単調な行為へ没頭し、黙る時間が好きなのである。 ピンポン、ピンポンと、意識の端ではインターホンが家主を呼んでいた。 4本、5本と明らかに不要な量を剥いた結果、足元の袋にはオレンジ色の皮が蜷局を巻き、徐々に端から溢れんとしている。 『ラスト…!ラスト!早く開けろ!』 ドアの外からはこの時間に傍迷惑な声が響き、幾らかドアを叩きに来る。 ラストは舌打ちして包丁を戻すと、致し方なく玄関の鍵を開けに歩いて行った。重いドアを押し開ければ、外には矢張り昼間置き去りにしてきた筈の雇用主が仁王立ちしている。 「社長、高利貸みたいな訪問を止めて下さらないと」 「――黙れ、明日からどうするか態々確認に来てやったんだ…どうせお前、また面倒なヘッドハンティングに追われている訳ではあるまいな」 馬鹿の癖に勘は良い。実は経営者としての臭覚が無くもない男は、勝手知ったる顔でホテルに上がり込んではキッチンの様子に文句を言っている。 「またニンジンをこんなに剥いて…!皮むきのアルバイトにでも転職するつもりか!?」 「今、楽しい事がそれしかなくて」 「変態め!いやラスト、兎に角今は詳細を聞かない方が良いと、そういう事か?」 長居するつもりは無いのだろう、上着を着こんだままの雇用主が振り返る。 ラストは溢れた皮を片付け、黙って頷いておいた。自分に危害を加えるつもりは無いらしいが、その周囲までは定かでない。

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