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第1話
「秘密の一つや二つ、誰だってあるんじゃないですか?」
「そうだけど、全部知ってないと気に入らないんじゃないのか?」
「そういうもんですかね」
調査依頼の資料を眺めながら、チョコレートの破片を口の中に放り込んだと同時に、部下の雨宮 が声をかけてきた。
「やっぱりさ、金持ちは頭の回路が違うんだよ、ましてや……えっと……」
資料を捲り、依頼主の詳細欄に視線を移す。
そこに記されていたのは〝婚約者〟の文字。
(なるほどね……)
「結婚する前に身辺調査を依頼するのは最近多いからな。ま、そんなところだろ」
「依頼者って婚約者でしたっけ?」
「あぁ」
「なるほどね。それにしても葉山 さん、それ甘くないんですか?」
「は?」
「チョコレートですよ」
「美味いよ」
「男のくせに甘いもの好きとか珍しい」
「くせには余計だろ。これだって最近は珍しくないんだよ。結構多いらしいぜ、甘党な男子」
「へえ……もうすぐ三十路なのに男子って」
「こう見えて、年より若く見られるんだけど……酷いなぁ」
「それって、色素薄いからじゃないですか。その茶色い髪、生まれつきでしたっけ?」
「そう。金髪に近いから昔は苦労したぜ。学校でも、地毛だって言っても信じてもらえなかったし。今は若く見えるから得した気分」
「それはよかったですね」
「雨宮もチョコレート食べる?」
「結構です」
「美味しいのに」
資料を乱暴にカバンにしまいながら、「甘いのは苦手です」と吐き捨てた雨宮は足早に部屋を出て行った。
「……たくっ。つまんない奴だ」
男だからこれはおかしいとか、女だからこれじゃなきゃダメだとか、そんな考え方は古いと思う。
でも、俺がそう思えるようになったのは、この仕事を始めてからだ。
昔の俺だったら、やっぱり雨宮と同じだったと思う。
そう、あの時だって……。
あの日、俺があんな行動をしていなかったから何かが変わっていたのだろうか。
もしかしたら俺たちは……。
遠い記憶を辿るように目を瞑ると、天を仰いで深いため息を吐き出す。
「……んなはずないよな」
吐き出した言葉に被さるように、絶妙なタイミングで突如、無音だった室内に無機質な呼び出し音が響く。
ブルブルと繰り返し振動する音も重なり、一気に現実に引き戻される。
手を伸ばし、デスク上に置いてあるスマホを取り、タップして耳元へと近づけると記憶は再び閉じられた。
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