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第19話 流転 1

   投げつけた言葉は、諸刃(もろは)の剣だ。  迂闊(うかつ)に触れれば、切り裂かれた自分の心が血を流す。 「求められたことが⋯⋯ない?」  ヴァンテルの口から、絞り出すような声が漏れ、握られた手首から力が抜けた。  どうして今更、そんな動揺した顔をするのだろう。 「第二王子は、ものの役に立たぬ。そう聞いたことがあるはずだ。ひ弱な王子は、いつも守られ、与えられるばかりだった」  楽園の中で微睡(まどろ)んでいた子どもは、自分の置かれた立場にすら気がつかなかった。 「⋯⋯そんな王子も、いつの頃からか、小さな望みを持つようになった」  小宮殿にやってきた銀色の髪の少年は、一人の子どもに、たくさんの喜びを与えた。  一人で本を読む代わりに、並んで本の(ページ)(めく)る楽しさを。  小鳥に歌を聞かせる代わりに、共に楽器を奏でる嬉しさを。  空に向かって話す夢を、時間を忘れて語り合うことの幸せを。 「役に立ってみたいと思った。私は、誰かの。いいや、違う。お前の役に立ちたかった⋯⋯」  ヴァンテルの驚愕を映した瞳が目に入る。  泉と花の絵本をもらった、あの日から。  幼い子どもの心に、小さな種がまかれた。種は願いを孕んで、日に日に大きく成長していく。  いつか⋯⋯いつか。クリスになにか、できたらいいな。  クリスは、お話の中にでてくる泉みたい。花があんなにきれいに咲いたのは、きっと泉に大事にしてもらったからなんだ。  ぼくも、クリスに楽しい気持ちをたくさんもらってるから⋯⋯。クリスが喜ぶことを、ぼくもなにかできたらいいのに。  ねえ、クリス。クリスは、なにをしたら喜んでくれるのかな⋯⋯。  恥ずかしくて、直接聞けはしなかった。  ヴァンテルは、幼い子どもの目には何でも出来た。自分が彼の為に出来ることなど、逆に少しも思いつかない。  そして、ある日を境にヴァンテルは小宮殿に姿を見せなくなった。 「クリストフ様は、公爵家を継がれる方です。長じれば、学ばねばならぬことは増えるもの。殿下のことを嫌われたわけではありませんよ」  ヴァンテルが急に来なくなったのは、なぜだろう。知らぬ間に自分は何かしたのだろうか。  ぐずぐずと泣きじゃくる私を乳母は慰めたけれど、心は晴れなかった。誰かが様子を知らせたのか、ある日、ヴァンテルから手紙が届いた。  子どもの自分にもわかるように、やさしい言葉で丁寧に書かれた手紙。学ばねばならぬことがたくさんあること、小宮殿を訪れることが出来ない非礼を詫びてあった。  何度も何度も、すり切れるほど読んで、大切に文箱にしまった。きらきらと光る小さな宝石を配した箱は、ヴァンテルから誕生日に贈られた物だった。  東の宮殿で、ライエンとお前に会った時。幼い頃からの願いが、ようやく叶うと思った。  ⋯⋯クリスの、役に立ちたい。  だから、言ったのだ。 「この身に何ができるかはわからないが、努力してみる。どうか、二人とも力を貸してほしい」と。

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