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第35話 王配 4
叔父の笑顔は消え、声が潜められた。
「⋯⋯国王陛下の状態がよくないとお聞きしたからです。殿下、私はここに来る前に、内密に陛下とお会いすることが叶いました。お心をしっかりお持ちください。父君の御命は、長くはもたないでしょう」
「⋯⋯父が」
不思議なほど、心が動かなかった。
兄の時とは全く違っていた。
あの、大地が崩れ去って自分がどこにいるかもわからなくなる感じはなく、父がひどく遠い存在に思えた。
目の前の叔父の方が、よほど父を失う痛みを耐えかねているようだった。
「この十年、故国には二度と戻らぬつもりでおりました。ですが、スヴェラの手の者から情報を得て、国王陛下と一言なりとお言葉を交わせればと思ったのです。陛下のご容態も、殿下の廃嫡の話も耳に致しました」
どこの国でも、他国に密偵は放っている。
彼らの情報と有能さが、国々の明暗を分けると言っても過言ではなかった。
叔父の言葉に胸が多少痛みはしたが、以前よりもつらさはない。
これは、諦めなのか。それとも、自分の命に価値があるとは思えなくなったからなのか。
煩悶していると、叔父は予想もしない言葉を告げた。
「殿下。王都に、父君に会いに行かれませんか?」
「⋯⋯叔父上、私は、ご覧の通り廃嫡された身です。この凍宮から出ることは許されていない」
「それは、宮中伯たちの決め事でしょう? 彼らの思惑など、どうでもよろしい。
殿下、兄君の王太子殿下を亡くされ、父君は 失意のままに世を去ろうとなさっておいでです。
陛下のお子の中でも、今や王子は殿下お一人だけ。実の父子が互いを目にすることもなく別れの時を迎えるとは、あまりに非情な話です。
一目なりとお姿をお見せになり、お言葉を交わしてはいかがでしょうか」
切々と訴える叔父の言葉は、胸に響いた。
王都を離れる時ですら、父王には、一目会うことも叶わなかったのだ。
──父上。
親子としての思い出は、ほとんどない。
男性としては線の細い人だったように思う。
静かな声で名を呼ばれたことだけが、わずかに浮かんだ。
「殿下が王都に向かわれる手配は、私がいたしましょう。ご心配はいりません。こっそり会われたら、またお戻りになればよろしいのです」
不意に、ヴァンテルの顔が浮かぶ。
『ここは、貴方の為の宮殿です』
凍宮にいることが、たったひとつ、彼の役に立つはずだった。
自分が凍宮から姿を消すことが何を招くのか、私にはわからない。
動揺した私は、他のことを考える余地がなかった。だから、凍宮の絢爛たる貴賓室で、王配と側仕えの騎士が何を思ったのかまでは、考えが及ばなかった。
「あの愛らしい王子をスヴェラに連れ帰ったなら。私を兄から引き離したこの国を、少しは好くことができるやもしれぬ」
「⋯⋯女王陛下には何と仰せに?」
「国を発つ前に、貴重な小鳥を連れ帰ってもいいか? と聞いておいた。私が必ず戻るなら、手土産の一つ二つ持ち帰っても構わないそうだ」
華やかな容姿に、ぞっとするほど冷ややかな笑みが浮かぶ。
「宮中伯どもなど、ロサーナの中で好きに騒いでいればいい。世界は、この国一つではないのだから」
「⋯⋯殿下のお気持ちはどうなりましょう?」
「さて、小鳥は何を思うのだろうな。籠の中と、外と。どちらを望むのだろう?」
雪の中を月明かりが照らしていた。
輝く月は全てを静かに映し出し、世界を見下ろしている。
生き物の姿は見当たらず、陰に何がいるのかもわからぬほど、静かだった。
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