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第40話 王宮 1
朝一番に露台に出れば、肌を空気が切りつける。吸い込んだ瞬間に臓腑が痛くなる。
そんな空気の中を、一羽の小鳥が飛ぶ。
何にも縛られず、禁じられていることもない。どこへ行くのも自由だ。
小さな体にも翼はある。たとえ、飛ぶ力が弱くても。
その姿を見ているうちに、心が決まった。
王都へ行こう。父に会うために。
叔父に告げれば、私が父を訪ねることを心から喜んでくれた。
父君も、きっと殿下をお待ちになっていらっしゃいます。一刻も早く参りましょう、と。
レビンは驚きはしたものの、父王の容態を告げると、すぐに旅支度に取り掛かった。
丸一日で準備を終え、翌朝には出発することになった。
ヴァンテルが王都に戻るよりも先に王宮に着き、こっそり父に会う。その後は、誰かに見つかる前に王宮を出よう。
ヴァンテル本人も、昨日、王都に戻るための準備で忙しくなると言っていた。
凍宮を訪れることは早々できなくなるかもしれません、と言うので、わかったと頷いた。何か言いたげな視線に首をひねれば、それ以上は何も言ってこなかった。
凍宮にやってきた二人の宮中伯、ライエンとヴァンテル。王都フロイデンに戻ったなら、彼らがこの先、私と会うことはないだろう。
宮中伯たちの生きる場所は王宮だ。彼らと選ばれた王が、この国の行く末を決めていく。
ライエンは、心を決めたならいつでも迎えに来てくれると言った。だが、それは彼の活躍の機会と未来を奪うことだ。
そして……。
華やかな王宮で栄光を身に受けて進む男とは、もはや住む世界が違う。彼の歩く道には陽射しが降り注ぎ、花々が咲き誇るだろう。多くの人が彼を讃え、その後に付き従っていく。
──わずかでも共に過ごした日々がある。
心の中の一番奥に、鍵をかけてしまい込んでおけばいい。
フロイデンからレーフェルトに来るのに3週間かかった。
遥か昔に作られた道に沿って宿場町がある。それでも、冬の間に旅をする者はほとんどいない。馬にも人にも、雪と氷が負担となる事がわかりきっているからだ。
「スヴェラはロサーナよりもずっと技術が進んだ国です。馬たちも丈夫で強い。私どもの馬車ならば、殿下がおいでになった時よりも時間はかからないでしょう。ご心配なさいますな」
叔父の言う通り、馬車はロサーナのものとは全く違っていた。簡素な外観にも関わらず内装は豪奢で広い。椅子の安定感と座り心地の良さは、体への負担をやわらげる。横になれる広さの椅子には、たくさんの毛皮や織物。水鳥の羽を使った柔らかな枕が積まれた。
厳しい寒さの旅になるからと、侍従のレビンには凍宮に残るよう言ったが、決して承知しなかった。
殿下のお世話は誰がするのです、万一お倒れになったなら他の者に任せるわけにはまいりません。北方育ちの自分なら何とかなります、と言うので仕方なく連れていくことにした。
叔父の護衛である騎士たちは全員、屈強な体に分厚い外套を纏い、瞳以外は肌を出さない。眼光鋭く、言葉をろくに交わすこともない彼らの中で、レビンは子ども同然だった。はらはらしていると、いつも笑顔で大丈夫だと笑う。
時には宿に泊まりながら、半月が過ぎた。天候も味方し、穏やかな天気の下での旅だった。
フロイデンに近づくにつれて、気候はどんどん暖かくなっていく。
私は、何とか熱を出すこともなく、懐かしい王都の門をくぐった。
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