42 / 152

第41話 王宮 2

 叔父の出した通行証のおかげで、検問所は難なく通ることが出来た。馬車を降りた途端に、花の香りが満ちているのに気がつく。  ああ、王都だ。どこもかしこも花で溢れた常春の都。懐かしさで胸がいっぱいになる。  小宮殿の噴水のある隠れ家は、今も穏やかな陽射しに満ちているのだろうか。  遠い日の記憶はゆるやかに立ち上がり、たちまち自分を幼い日に連れていく。  叔父は、非公式に王妃である母を訪ねた。  私は王都に入った時に、まるで侍従の様な恰好に着替えさせられた。さらに頭からすっぽりと頭巾を被って、薄手の外套を纏った。  王妃の部屋に続く応接室は、親しい者のみが招かれる部屋でもある。  ほっそりとした体が、椅子からゆっくりと立ち上がった。 「⋯⋯ギュンター王配殿下。先月に続き、ようこそお越しくださいました。国王陛下は眠ってばかりの毎日をお過ごしですが、時折話すことがお出来になります」  母は、すっかり(おも)(やつ)れしていた。美しい顔立ちには深い苦悩が刻まれている。  上の息子を失い、下の息子とは遠く離れ、今まさに夫に旅立たれようとしている。母の心境こそ、絶望に近いのではないのか。 「王妃陛下。本日は、貴女にお目に掛けたい方がおります」  叔父が後ろにいた私に手を差し伸べれば、母が訝し気な視線を投げる。被った頭巾を外すと、母の瞳は驚愕に見開かれた。 「⋯⋯アル? ⋯⋯アルベルト。まさか」 「⋯⋯母上」  兄と同じ色の瞳に、見る間に涙が溢れた。ああ、そうか。兄は母によく似ていたのだ。母の面影すら、記憶の中で曖昧になっていた。  よろけるように私の前に来た母は、確かめるように、両手で私の頬を撫でた。幼い頃に抱きしめてくれた白い腕は、こんなに細かっただろうか。 「よく⋯⋯よくぞ、無事にここまで⋯⋯」 「叔父上がお連れくださいました。親不孝を重ねる身をお許しください。二度と王都には戻れぬと思いましたが、父上に一目お会いできればと思って参りました」  母は黙って頷いた。私を胸の中に抱きしめて、間に合ってよかったと言った。  そして、涙に濡れた瞳で、もう一度私の顔を見た。 「⋯⋯なんて陛下によく似ているのでしょう」 「叔父上にも言われました。そんなに私は、父上に似ておりますか?」 「そっくりですよ。顔立ちも、優しく話すところも、それに⋯⋯」  母は、それ以上言葉が続かずに泣き崩れた。  

ともだちにシェアしよう!