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第43話 王宮 4

   母は私に、侍女と共に急いで部屋から出るように告げた。  私は父の手を握りしめた。父は、最後の力を振り絞って握り返してくれた。  衛兵たちの護る扉を抜け、部屋に戻るために廊下を急いだ。  父の「許せ」と言った言葉が、耳について離れない。  考え事をしていたせいか、人気のない廊下の物陰から、手が伸びてきたことにも気づかなかった。  口を大きな手で塞がれ、近くにあった部屋に引きずり込まれた。  大きな体に抱え込まれて身動きが取れない。  焦って、目の前の手に噛みつこうとした時だった。 「⋯⋯どうして、ここにいらっしゃるのです」  耳元で囁かれる低い声に、顔を見なくても誰かはすぐにわかった。 「ヴァンテル!」  呆然として振り向けば、怒りに燃えた瞳があった。 「ど、どうして⋯⋯」 「どうしてはこちらが言いたい! 貴方はレーフェルトにいらっしゃるはずでしょう? 出立の挨拶に伺ったら、熱を出して侍従がつききりだと聞きました。陛下のご容態が悪いとの知らせに急いで戻ってくれば⋯⋯!!」  一方的に(まく)し立てられるうちに、こちらにも怒りが湧く。 「なぜ、教えない?」 「殿下?」 「父の容態があんなに悪いなら、なぜ教えない!? お前は知っていたくせに!」  先ほどの父の言葉が頭から離れなかった。  許せ?  何を許す?  私を陥れたことを?父の容態を何一つ知らせないことを?  隠してばかりで、何も真実を知らせないことを? 「先ほど、父上に会った。父は許せと言った。お前たちの罪は、自分の罪だからと」 「陛下が⋯⋯」 「そうだ! お前は、なぜ私を」  ──聞くな、と頭の中で声がする。  聞かなければ。聞かないままで凍宮に戻れば。  ⋯⋯クリスの役に立ったままでいられる。 「理由を知って、どうなると言うのです?」  ヴァンテルの口から、氷の様な言葉が漏れた。それは、諸侯たちの前で廃嫡を言い渡された、あの日の声音と変わらなかった。 「貴方が知っても何も変わりません。アルベルト殿下、貴方は既に廃嫡され、レーフェルト凍宮に幽閉の身です。それは変わらない事実。父君に会いたさに、凍宮を抜け出されたことは内密に致しましょう。すぐにお戻りになれるよう手筈を整えますので、まずはお部屋へお戻りください」  ⋯⋯ふざけるな!  言葉を返そうとしたところに、ヴァンテルの声が響き渡った。 「衛兵!!」  あちこちから兵士が走ってくる。  さらに、ヴァンテルは、私の腕を掴んだまま一人の騎士を呼んだ。 「丁重に部屋にご案内せよ。私は王のご容態をうかがわねばならぬ。殿下には、お体にご無理のないようお過ごしいただくのだ」  呆然としているうちに、私は部屋に運ばれた。扉の外には衛兵が立っている。  騎士は、私に言った。 「閣下から次の御指示があるまで、こちらでお過ごしいただきます。御用があれば、外の者に何でもお申しつけください。ただ一つ、部屋から自由にお出になることだけは出来ません」  寝台に腰かけたまま、呆然としていた。何をどう考えたらいいのかわからない。  時間が経つにつれ、頭の中がはっきりしてきた。  ⋯⋯そうだ。何を勘違いしていたのか。  私は廃嫡され、王宮から追放された身だ。凍宮に戻れと言われるのは当然のこと。優しい言葉をかけてもらえるはずもなかった。  何度も、扉を叩く音がする。  長く続いていたらしいそれに気がつくのに、時間がかかった。  先ほどの騎士かと思って返事もしないでいると、わめく声が聞こえる。 「で、殿下! いらっしゃいますか!!」 「⋯⋯レビン!」  慌てて扉を開けると、外套を纏ったレビンが立っていた。 「ど、どうして、扉の前に兵士が立っているんですか?」  レビンの後ろから、続いて同じような服装の叔父が入ってきて、すぐに扉を閉めた。 「叔父上⋯⋯」 「おやおや、公爵に相当いじめられたと見える。やはり、あんな性根の曲がった男はだめですよ。おかげで部屋に入るのですら一苦労です。⋯⋯殿下?」  気がつけば、涙が零れていた。  

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