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第44話 灯火 1

 涙はまるで、堰を切ったように留まることを知らなかった。  声を上げて泣きたいわけではない。ただ、胸の奥がひどく苦しかった。  私だけを置き去りにして、全てが進んでゆく。  幼い頃も、今も。私の知らないところで、私の全てが勝手に決まってゆく。  私はここにいるのに、まるで自分の存在などないかのようだ。 「で、殿下⋯⋯」  おろおろと私を見て青くなるレビンを横目に、叔父は大きく息を吐く。 「⋯⋯可哀想に。私は別段優しい人間ではないが、こんな様子は見ていられない」  叔父はそう言って、私のすぐ隣に座った。 「殿下、昔、お教えしたことを覚えていらっしゃいますか」 「昔、教わったこと?」 「悲しい時は悲しいと言うのですよ。飲み込みすぎれば、心は痛みに負けてしまいます。痛みに負けた心は、簡単に壊れるものです」  幼い私に楽を教えながら、叔父は私に心を教えた。  笑うこと、泣くこと、楽しむこと。音に自分の心を乗せるのだと。  叔父と共に音を楽しみ、鳴り物を習い、歌う時間は喜びに満ちていた。  いつの間に忘れてしまったのか。 「やはり、お連れしたほうがよさそうだ」  叔父は、私の涙をゆっくりと指で拭う。 「⋯⋯昔、この国を離れる時も思いましたよ。行くなと泣いてすがる貴方が可愛くて、気の毒でね。一緒に連れて行こうと、何度も思いました」 「叔父上⋯⋯」 「殿下、この国で我慢するばかりが生きる道ではない。世界は広いのです。スヴェラにご一緒に参りませんか? 我が女王の了承は得ています。なかなか住み心地の良い国ですよ」 「スヴェラに?」  叔父は微笑んで頷いた。 「ご自分で飛んでみたらよろしいのです。貴方には、ちゃんと翼がある」  翼が。  白銀の世界で飛び立つ小鳥が目に浮かぶ。  ⋯⋯飛べるのだろうか。自分の力で。 「お、王配殿下!」  叔父は怪訝な瞳で、レビンを見た。レビンは部屋の隅で真剣な顔をしている。 「せ、僭越ながら、もし、殿下がスヴェラに行くようなことになったら!」 「何だ、其方は。あの公爵のところに訴えにでも行くつもりか?」 「違います! 私も、私も共にお連れください!」 「其方も?」 「はいっ! 殿下とご一緒に参りたいのです」 「⋯⋯侍従も共に、か。考えておこう」  叔父は指を額に当てて、何とも言い難い顔をしていた。 「さて、私は一度退散します。公爵の配下がやって来てあれこれ言ってきても面倒だ。可愛いアルベルト殿下。またすぐに参りますから、少々我慢なさってくださいね」 「⋯⋯叔父上、ありがとうございました」  私は叔父に、父と話が出来たことを告げた。  父が許せと言ったことを話すと、そっと私の背を撫でた。 「陛下は、ずっとたくさんのものを背負って来られた。あの方にとっての一番は、いつだってこの国でした」  叔父の瞳はひどく遠く、寂しげに見えた。  じっと見つめると、叔父は私の額に口づけをひとつ落とした。それは、幼い頃にいつも欠かさずしてくれた、優しい仕草だった。  

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