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第45話 灯火 2

 ヴァンテルが次に現れる時は、私が凍宮に送り帰される時だ。その前に心を決めなければならなかった。  氷のように冷たい瞳と口調が蘇る。  ──貴方が理由を知っても、何も変わりません。  そうだ、事実は何も変わらない。それでも、知りたいと思うのは何故だろう。  ⋯⋯お前の心を聞かせてほしいと思うのは。 「⋯⋯なりません! お控えください!」 「お前たち、俺を誰だと思っている? さっさと、ここを開けろ!」  突然の扉の向こうの騒がしさに、レビンと顔を見合わせた。  何かが打ち合う音がした後、いきなり扉がバンと開く。 「殿下! こちらにいらっしゃると聞いて、参上致しました!」 「⋯⋯エーリヒ」  真昼の太陽のように明るい笑顔が、そこにあった。  扉の向こうに、黒づくめの騎士たちの姿が見える。  ライエンは、お抱えの騎士団と共に乗り込むや、衛兵たちを一喝した。  アルベルト殿下のお身柄はこのエーリヒ・ライエンが引き受ける。ヴァンテルにそう伝えろと言って、私の体を腕の中に抱き上げた。 「え、エーリヒ! 自分で歩けるからいい!」 「おや、そうですか? こんなにお顔の色が悪いのに。それに、以前お会いした時よりも細くなっておいでです。どうせなら、このまま参りましょう」  そう言って、さっさと歩き始めた。  どこぞの姫君でもあるまいに、いい加減にしてくれと言っても、ライエンはどこ吹く風だ。  廊下を叫びながら歩けば、人が振り返る。注目を浴びるのは嫌だったので、黙っておとなしくしていた。これ以上人目を惹くのはかなわない。どこへ行く気なのかと問えば、ライエンの居室だと言う。  宮中伯たちは、王宮にそれぞれ、自分の居室を持っている。居室とは言うが、王宮の敷地の一角にある自分の屋敷だ。妻子たちが住む本屋敷は宮外に在るので、仕事に従事するための屋敷だった。 「全く、ヴァンテルも横暴な事をする。いきなり部屋に閉じ込めるだなんて」 「⋯⋯私が、何も言わずに凍宮を出てきたから」 「子どもが親を心配するのは当たり前でしょう。それに、殿下が陛下に会いたいと仰ったところで、出してもらえる保証などない」  ライエンの言う通りだった。  ヴァンテルは、父の様子を教えてくれるつもりはあったのだろうか。仮にあったとしても、王都に連れて来てくれたとは思えない。 「エーリヒ、頼みがある」 「何です、殿下」  ライエンが立ち止まり、すぐ目の前で微笑みかける。鼻先が触れそうな近さに困惑する。 「⋯⋯ちょっと、近すぎる」 「まあ、そう仰らず」  私はどうも、この男の笑顔に弱い気がする。思わず笑ってしまった後に、意を決して言った。 「小宮殿に行ってみたい」  兄が亡くなり、私が東の宮殿に移ったあと、小宮殿には誰も住んではいなかった。  元々が王族の住いの一つだ。手入れされ、いつでも訪れることが出来る状態になってはいたが、全く人気(ひとけ)がない。  宮殿の入り口にいた衛兵にはライエンが話をつけ、騎士たちの内、数人が残った。  ライエンに抱えられたまま元の自室に入ると、私は下ろしてくれるように頼んだ。 「私はずっと、このままでいいんですけどね」 「ふふ。エーリヒは、おかしなことばかり言う」  ライエンが頬を赤く染め、拗ねたような顔をして私を床に立たせる。まるで子どものように見えて、おかしかった。  

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