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第50話 回想 3 ヴァンテル視点

   一通の手紙を書いた。  親愛なるアルベルト殿下  急にお訪ねできなくなったことを、お許しください。  世界は、未熟な私の知らないことで満ちています。私にはまだ、学ばねばならないことがたくさんあります。殿下にお会いしたいと常に思う毎日ですが、勉学の為に多くの時間が必要です。小宮殿に今までのように伺うことはできませんが、必ずまた、殿下の元に参ります。どうかその日まで、元気にお過ごしください。どんな時も、殿下のお幸せだけを願っております。  あなたの忠実なるクリストフ・ヴァンテル  小宮殿は、ますます人の訪れがなくなっていく。  母である王妃すら容易に小宮に向かうことが出来なかった。苛烈な性質の王太子は、己の欲望に忠実な男だった。母親とはいえ、次代の王に逆らえば、行く行くは自身の身すら危うくなる。彼に忠告できるのは、国王と国の今後を司る宮中伯たちだけ。  だが、宮中伯たちにとって、第二王子など目にも入らぬ存在だ。例え今すぐ彼が儚くなっても、気に留める者などいないだろう。  忘れられた王子。  人々が、そう噂しても、私だけは忘れない。  王家と血筋も近い公爵家の嫡男ならば、宮中伯の地位は手に入る。だが、望むのは筆頭だけだ。筆頭になれば、発言力は他の宮中伯たちの比ではない。王太子の発言を抑えることも可能だった。  筆頭は、家格だけでは決まらない。財産・人脈・他の宮中伯たちを納得させるだけの実績が必要だった。もしくは強固な後ろ盾が。   何としても叶えてみせる。それだけが、アルベルト殿下を籠から出す明日に繋がるのだから。  月日は、瞬く間に過ぎてゆく。  様々な事を学びながら、公爵家に連なる貴族たちとの繋がりを強化し、新たな人脈を作った。使えるものはすべて使い、必要ならば金も撒く。  私の周りには多くの人々が集い、宮中伯への布石となった。しかし、私の心は空虚だった。王太子は、私への監視の目を緩めなかった。アルベルト王子への気持ちを封じ込め、人形のように感情を押し殺して暮らした。約束したのに、小宮殿を訪れることも出来ない自分に怒りを覚えた。  父が家督を譲りたいと言った時、私は、何も気づいていなかった。父がなぜ、あんなにも疲れ切り、深い悩みを心身に刻んでいたのか。てっきり、日々の政務の疲れや、快復されない王の状態などが心の負担になっているのだと思っていた。  父は、王太子が守り木の村を襲ったことを知っていた。何が目的で、その結果がどうなったのかも。  公爵位を譲られ、宮中伯の任も得た。私は脇目も振らずに、与えられた政務に集中した。  3年が経った時、念願の筆頭の座に就くことができた。王太子だけは最後まで強固に反対したが、国王でもない王子に止めることは出来ない。  そして、予期せぬことが起きた。  筆頭となって間もなく、ロサーナの次代の太陽は、天に召された。  王太子の命を奪ったのは、黄金色の蜂たちだった。  あの日、馬は早駆けを終えたところだった。王太子を乗せたまま、馬の鼻先に一匹の蜂が飛んできた。黄金色の蜂はどこから来るのか、次から次へと現れる。しきりに鼻先を飛び回り、馬が興奮したところを、蜂が鋭く刺した。馬は嘶き、王太子がなだめようとすると、他の蜂が今度は、王太子を刺した。  王太子の呼吸は乱れ、見る間に顔色が変わった。馬に跨り続けることも出来ずに滑り落ちる。  たくさんの蜂たちが群れを成して、さらに馬に襲い掛かった。  なんとか人々が蜂を追い払った時には、王太子も馬も事切れていた。

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