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第51話 回想 4 ヴァンテル視点

   王太子の絶命を聞いて、宮中は混乱に陥った。  世継ぎを求めようにも、王太子に嫡子はいない。突然、日が当たったのは、小宮殿の第二王子だ。王宮の奥深くに囲われて、人々から忘れられた王子。  私の心は、歓喜に震えた。  ──王太子は、もういない。  王子に会うことを阻む者は、この世にいない。  ようやく、堂々と会うことが出来るのだ。  ⋯⋯殿下、アルベルト殿下!  喝采を叫びたいほどだった。⋯⋯王子の姿を見るまでは。  小宮殿に、自ら足を運びたかった。  しかし、筆頭となった今、勝手な行動は許されない。王太子になることが正式に決まり、アルベルト殿下の住まいは、世継ぎの為の東の宮殿だ。  エーリヒ・ライエンと共に、応接室で殿下の到着を待った。  じりじりした気持ちを押し隠し、扉を穴が開くほど見つめた時。  アルベルト殿下の到着が告げられた。  ほっそりした体に、華奢な首。その上には小さな頭が乗っている。声は低くなり、背はすらりと伸びていた。愛らしい子どもの面影はもう、どこにもない。  殿下は、打ちひしがれていた。  泣き続けて疲弊しきっているのだろう。顔色は悪く、瞼は腫れたままだった。それでも、成長した殿下の儚げな美しさに、私もライエンも息を呑んだ。  萎れた薔薇の様に(うつむ)いた殿下に、私は駆け寄った。跪いて手を取れば、細い指先は冷たかった。 「長らくのご無沙汰をお許しください。アルベルト殿下」 「⋯⋯クリス?」  色を失くした唇が、自分の名を呼ぶ喜びに、胸が震える。虚ろだった瞳に焦点が合い、明るい空色の瞳が私を捉えた。 「クリス⋯⋯、クリス。兄様が⋯⋯」  ほろほろと涙を流す殿下を、ただ抱きしめて慰めたかった。 「⋯⋯残念ながら、兄君は亡くなられました。殿下、どうぞお気をしっかりお持ちください。私たちがお助け致します。どんなお気持ちも、迷わずお話しください。殿下の御為に身命を尽くしましょう。今日からは、アルベルト殿下こそが、ロサーナの王太子でいらっしゃいます」  貴方の兄君は、深く貴方を愛していた。その命を繋ぐ為なら、他の何を犠牲にしてもかまわぬほどに。正しいとは決して言えないけれど、その気持ちが私にもわかる。 「貴方なら、お出来になります、アルベルト殿下。どうぞ私たちを信じて、共に歩むことをお許しください」 「⋯⋯私に、王太子など務まるはずもないのに⋯⋯」 「お側におります、殿下」 「⋯⋯側に?」 「そうです。この先は何があっても、どんな哀しみの時も、殿下の側におります。もう二度と、お側を離れたりは致しません」  アルベルト殿下の瞳が瞬いた。輝く空色の瞳を、ずっと見たいと思っていた。  この美しい人を守るためなら、何を犠牲にしてもかまわない。  例えそれが、自分自身の心であっても⋯⋯。

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