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第59話 決意 4

「殿下、今宵は私の居室にお連れしようと思いましたが、いかがなさいます?」 「え? ああ、そうだった⋯⋯」  私は、ライエンに王宮から連れ出される途中で、小宮に寄ってもらったのだ。  肩に置かれたヴァンテルの手に、わずかに力が籠る。 「⋯⋯エーリヒ。私は、もう少し、ヴァンテルと話がしたい」 「わかりました。では、私の力がご入用の際には、お声がけください。いつでも殿下の元に馳せ参じます」 「うん⋯⋯。エーリヒ、ありがとう」  ライエンは、小宮殿の入り口に向かおうとした。  私は、名を呼んで呼び止める。 「⋯⋯エーリヒ、東の宮殿で、いつも力を貸してくれてありがとう。本当に嬉しかった」 「殿下、これからも、いつでもお力になります。それに、レーフェルトなどより我が領地へおいでください。くれぐれも、お忘れなく!」  ライエンは、片手を一度高く上げ、付き従う騎士たちと共に姿を消した。 「⋯⋯何の話です? ライエンの領地へ?」 「ああ、エーリヒが暖かい南の方が体にいいだろうと言うんだ。凍宮は気候が厳しいし、それに寂しすぎると」  私はヴァンテルの顔を見上げた。青い瞳が揺れている。 「⋯⋯クリス、どうした?」 「確かに、ライエンは南の低地に領土を多く持っています。凍宮と違って殿下の御体にもご負担が少ない」 「クリス?」 「殿下は、南で暮らしたいとお思いですか?」  真剣な瞳で聞かれて、しばらく考え込んだ。  庭園に風が吹き抜ける。すっかり陽は落ちてきて、夕暮れが近くなっている。 「⋯⋯正直、考えたこともなかった。自分で何かを選ぶなんて、したことがないから」  思えば、ずっと人に言われるがままの人生だった。選択の余地などなく、自分から何かを選べると思ったことすらない。 「前にエーリヒが凍宮に来た時に言われたんだ。だが、そんなことが本当に出来るとは思えなかった。私は凍宮に幽閉の身だ。下手なことをしたら、それこそエーリヒの首が飛ぶ。私は、エーリヒの未来を潰したくなんかない。⋯⋯それに」  私は、ヴァンテルに向き合った。  大好きな、青く美しい瞳を見つめる。 「エーリヒだけじゃない⋯⋯。クリスにも、フロイデンで幸せに生きてほしい。私はこれから、レーフェルトに戻る。クリスはもう、凍宮に来るな。私も二度と、フロイデンの地は踏まない」  ヴァンテルの瞳が、驚愕に見開かれた。 「⋯⋯殿下。何を⋯⋯仰るのです」   「お前は、長い間、私のことを考えてくれた。これ以上、私に関わるな。私はお前の用意してくれた鳥籠で、この先の人生を過ごす」  もう、いいんだ。  もう、十分だから。  ずっと知りたかったことを知ることが出来た。  お前が私を大事に想ってくれた。その想いを、北の果てまでもっていく。  この先、長くはない人生なのだろう。優しい思い出を大事に眺める日々も、そう続きはしない。  お前にもらった本と共に、美しい雪と氷の宮殿に戻ろう。 「私は初めて、自分の意志で自分の行く場所を選ぶんだ」    私は、愛する男の唇に、唇を重ねた。 「クリス、お前のことがずっと、好きだった」

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