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第61話 吐露 2

   震える体に、ヴァンテルの手が伸ばされる。  背中に手が回り、胸の中に抱き込まれる。ヴァンテルの胸の中は温かかった。 「⋯⋯アルベルト様、申し訳ありません」  思い詰めたような、小さな謝罪の言葉がこぼれた。 「私の最大の罪は、貴方にご病気を告げたことです。欲に負けて、全てを話してしまった。貴方が衝撃を受けることはわかっていたのに、自分を抑えられなかった」 「お前が気に病むことはない。幼い頃から何度も言われてきたことだ。それが代々続いていたものだったとわかって、驚きはしたが。⋯⋯それだけだ」 「⋯⋯貴方が優しい方だと、わかっていたのに」 「え?」 「何もかも飲み込んで、たった一人で歩こうとすると知っていたのに」 「⋯⋯クリス?」  ヴァンテルは、右手の指先で私の顎を取り、上を向かせた。  優しい口づけが降ってきた。  私の目の端から頬骨に。顎まで伝うものを追いかけるように。 「貴方はこんなに素直な方なのに、心とは裏腹な言葉を仰る」 「そんなことはない⋯⋯」 「人の口は嘘をつきます。私も人のことは言えませんが。でも、心は正直です。殿下、心と体は繋がっているのです」  優しい声が聞こえて、口づけは続く。  瞳から溢れるものを止めようと思っても、少しも止まらない。  後から後から溢れてきて、目の前にいるはずのヴァンテルの姿がぼやけて、よく見えない。 「⋯⋯貴方をお慕いしております。アルベルト様」  目の前に、一面の白い世界が現れる。どこまでもどこまでも続く雪。  吹きすさぶ風で何も見えなくなり、天も地も一つに溶け合っていく。  自分以外、何もいない。  雪に体を包まれても、溶けあえるわけではない。世界の中に、たった一人だ。  白い闇の中にうずくまって、やがて力尽きて倒れていく。  ──さびしい。  寂しい。  クリス。 『クリス、明日も会いたい』 『私もです、アルベルト様』  春の陽射しの中で笑っていたのは誰だ?  互いに手を取り、寄り添い合っていたのは?  目の奥が熱くなって、耳の脇に幾筋も涙が伝い落ちる。  耐えきれず、喉の奥から言葉が(ほとばし)った。  ──嫌だ。 「クリス! ひとりは⋯⋯いやだ。お前が、いないのは!」  ヴァンテルは、私を強く強く抱きしめた。 「⋯⋯ええ、アルベルト様。もう、一人になどさせません」  私の耳元で、あやすように話しかける。  髪を撫で、額に口づけ、腕の中にしっかりと囲い込む。  長い指が私の目の縁の涙をすくい、瞼にも口づけを落とす。 「クリスと⋯⋯いっしょに、いたい」 「例え嫌だと仰っても、一緒におります。貴方のおそばから、離れません」  何も言えないまま、胸の中で泣いた。  涙が驚くほど溢れて、ヴァンテルの服が涙でぐっしょりと濡れてしまう。謝って体を離すと、もう一度腕の中に抱きしめられた。  一緒にいてもいいのか、と小さく問えば、私が一緒にいたいのです、と応える。  鳥籠の中だぞ、と言えば、二人きりですね、と微笑む。  顔を上げれば唇に、俯けば髪に、口づけが幾つも降ってくる。 「何があっても、貴方と共におります。アルベルト様」

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